月七日[#「五月七日」に二重傍線]――五月廿三日[#「五月廿三日」に二重傍線]

生と死との間を彷徨した。
山口――三谷――萩――
長門峡の若葉も私を慰めることは出来なかつた、博覧会の賑やかさも私には何の楽しみでもなかつた。
一歩一歩が生死であつた[#「一歩一歩が生死であつた」に傍点]。
生きてゐたくない、死ぬるより外ないではないか。
白い薬が、逆巻く水が私の前にあるばかりだつた。

 五月廿四日[#「五月廿四日」に二重傍線]

あんたんとして横臥してゐるところへ、敬君が見舞に来てくれたが、私は応接することすら出来ないほど、重苦しい気分をどうすることも出来なかつた。
息詰るやうな雰囲気に堪へ切れないで敬君は街へ出かけていつた。
不眠徹夜。
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 たんぽぽのちりこむばかり誰もこない
 蛙げろ/\苗は伸びる水はあふれて
 青葉をくぐつて雀がこどもを連れてきた
 青葉の、真昼の、サイレンのながう鳴る
   改作二句
・けふは飲める風かをるガソリンカーで(山口へ)
・草へ草がなんとなく春めいて
[#ここで字下げ終わり]

 五月廿五日[#「五月廿五日」に二重傍線]

敬君から態人が呼出の手紙を持つてきたが、とても出かけられるやうな身心ではない。
敬君よ、許して下さい。
今夜も不眠徹夜。

 五月廿六日[#「五月廿六日」に二重傍線] 晴。

身心やゝ安静。
思ひ立つて、起き上つて、掃除、洗濯、等々。
樹明君が来てくれた、敬君脱線のことなど話してゐると、思ひがけなく黎々火君が来た、三人で一杯やる、友はうれしいな酒はうまいな。
黎君帰る、つゞいて樹君も帰る、私は袈裟を持ち出して、さらに飲んだ。
やりきれないのである、飲んでもやりきれないけれど、酒でも飲まずにはゐられないのである、そしてとうたう宿屋に泊つた。
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・山から山へ送電塔がもりあがるみどり
 山の青さをたたへて水は澄みきつて
 日ざかり萱の穂のひかれば
・のぼつたりさがつたり夕蜘蛛は一すぢの糸を
・酔ひざめの闇にして螢さまよふ
   衣更
・ほころびを縫ふ糸のもつれること
[#ここで字下げ終わり]

 五月廿七日[#「五月廿七日」に二重傍線] 曇、そして雨。

海軍記念日、大旗小旗がへんぽんとしてうつくしい。
蝿が蝿を打たうとする手にとまる、――私はひとり微苦笑した。
たとへ一箇半箇でも、私は私の句を打出したい。
午後、ぼんやりしてゐると、樹明君が酒井さんと同道して来庵、間もなく酒と肴とが持ち来されたが、何となく誰も愉快になれなかつた、私はやたらに飲んで饒舌つた。
いつもより早く解散した、私は経本を持ち出して、飲み直さずにはゐられなかつた、そして酔ひつぶれて、いつもの宿屋へころげこんだのである。
ああ、ああ、ああ。
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   改作
・ころり寝ころべば五月の空
・青葉の奥へ道がなくなれば墓地
・日向あたゝかく私がをれば蝿もをる
   自問自答
・それもよからう草が咲いてゐる
[#ここで字下げ終わり]

 五月廿八日[#「五月廿八日」に二重傍線] 雨。

終日終夜、もだえるばかりだつた。

 五月廿九日[#「五月廿九日」に二重傍線] 曇、晴れてくる。

好日、好日、緑平老の手紙が、Kの手紙が私を元気づけてくれた。
身辺整理。
夜はシネマ見物、そしておとなしく帰庵しておだやかな睡眠。
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   ぐうたら手記
□エロストロゴスとの抱擁[#「エロストロゴスとの抱擁」に傍点]!
□無理をしないこと[#「無理をしないこと」に傍点]、これこれ!
□自由律俳句作者としての私には苦悶[#「苦悶」に傍点]はない、苦心[#「苦心」に傍点]はあるけれど。
□俳句は、私の俳句は悲鳴[#「悲鳴」に傍点]ぢやない、怒号[#「怒号」に傍点]ぢやない、欠伸[#「欠伸」に傍点]でもなければ溜息[#「溜息」に傍点]でもない、それはすこやかな呼吸[#「すこやかな呼吸」に傍点]である、おだやかな脉搏[#「おだやかな脉搏」に傍点]である。
[#ここで字下げ終わり]

 五月三十日[#「五月三十日」に二重傍線] 晴。

めつきり暑うなつた、散歩したが物足らないので、酒を借り魚を料理して、樹明君の来庵を待ちくたぶれて、やうやく飲み合つた。
今夜も泥酔(最後の泥酔[#「最後の泥酔」に傍点]である)、そしてあてもなく彷徨して、いつもの宿で倒れた。

 五月三十一日[#「五月三十一日」に二重傍線]

終日終夜、自己沈潜。
大道無門、千差有路、透得此関、乾坤独歩。
莫妄想、前後際断。
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  自戒[#「自戒」は罫囲み]
      酒について[#「酒について」は罫囲み]
酒は味ふべきものだ、うまい酒[#「うまい酒」に傍点
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