十七日[#「四月二十七日」に二重傍線] 曇、少雨。

ずゐぶん早く起きたが、何もない!
火! よい火を焚け、そしてよい酒を飲め。
K氏を訪ねて、句集代を頂戴した、それでやつと米が買へた。……
かういふ生活には(私のやうな生活にはといはなければなるまいが)苦悩[#「苦悩」に傍点]と浪費[#「浪費」に傍点]とがたえない、苦悩はもとより甘受するが、浪費にはたへられない、浪費そのものよりも浪費する心[#「浪費する心」に傍点]が我慢しきれなくなる。
物質の浪費、身心の浪費、ああ。
夕方、久しぶりにT子さんが来て、しばらく話して帰つた、彼女はわがまゝな、そして不幸な女だ、我儘がなくなれば幸福になれるのだが、恐らくは駄目だらう。
何日ぶりかで、奴豆腐をたべた、淡々として何ともいへない味はひだ、水のやうに、飯のやうに。
鼠がやつてきてゐるらしい[#「鼠がやつてきてゐるらしい」に傍点]、さすがに春だと思ふ、彼もやがて去るだらう、庵主が時々餓ゑるぐらゐだから、鼠もやりきれなくなるだらう。
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・若葉もりあがる空には鳩
・五月の風が、刑務所は閉めてぴつたり
・私一人となつた最終バスのゆれやう
・水へ石を投げては鮮人のこども一人
[#ここで字下げ終わり]

 四月廿八日[#「四月廿八日」に二重傍線] 曇、時々降る。

朝からマイナスを催促された、マイナスといふものはほんたうによろしくない、プラスはなくてもいゝが(私にはプラスがあつたら、マイナスとおなじくよろしくない!)マイナスのない生活[#「マイナスのない生活」に傍点]でなければならない。
午後、樹明君来庵、散歩、乱酔。
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   名物男をうたふ
・でたらめをうたひつつあさぶをもらひつつ
・若葉に月が、をんなはまことにうつくしい
・いつ咲いた草の実の赤く
   江畔老に
・その蕎麦をかけば浅間のけむりが
[#ここで字下げ終わり]

 四月二十九日[#「四月二十九日」に二重傍線] 曇。

昨夜は安宿の厄介になつたほど酔つぱらつた、そして朝酒(この酒代はどこから出たのだらう!)。
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・ふるつくふうふうどうにもならない私です
・ふるつくふうふうぢつとしてゐられない私です
・ふるつくふうふうあてなくあるく
・死ねないでゐるふるつくふうふう
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 四月三十日[#「四月三十日」に二重傍線] 晴、曇、雨。

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空も曇れば私も曇る
  雨か涙か――風が吹く
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昨日も今日も無言、誰にもあはない、あひたくない、終日終夜ぼう/\ばく/\。
夜中に樹明君が例の如く泥酔して来庵、しばらく寝て、そして帰つた。……

 五月一日[#「五月一日」に二重傍線]

あゝ五月と微笑したい。
朝、九州の旅先の澄太君から来電、一時の汽車に迎へて共に帰庵、半日愉快に飲んだり話したりした、ほんたうに久しぶりだつた。
折から大村さんがお祭の御馳走を持つてきて下さつた、うれしかつた。
そして六時の汽車に送つて、理髪して入浴して散歩して、そしてさみしく戻つて寝た。
やつぱりひとりはさみしい[#「やつぱりひとりはさみしい」に傍点]。
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・こゝろ澄めば月草のほのかにひらく
・てふてふとまる花がある
・空へ若竹のなやみなし
・酔ひざめの水のうまさがあふれる青葉
・うしろすがたにネオンサインの更けてあかるく
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 五月二日[#「五月二日」に二重傍線] 晴。

どうにもかうにもやりきれなくなつて、大田の敬君を訪ねる。……
酒、酒、酒。……

 五月三日[#「五月三日」に二重傍線] 晴、まことに日本晴。

滞在、読書、散歩。

 五月四日[#「五月四日」に二重傍線] 晴。

歩いて湯田へ、そして一浴して帰庵。

 五月五日[#「五月五日」に二重傍線] 晴。

湯田へ(バス代湯銭がないから本を売つて!)。

 五月六日[#「五月六日」に二重傍線] 曇。

身辺整理、整理しても整理しきれないものがある。
もう一度、行乞の旅に出なければなるまい。
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   ぐうたら手記
□俳句は間違なく抒情詩である、あらねばならない。
□雑草風景、それは其中庵風景であり、そして山頭火風景[#「山頭火風景」に傍点]である。
 風景が風光とならなければならない[#「風景が風光とならなければならない」に傍点]、音が声となり、かたちがすがたとなるやうに。
□禅宗の師家が全心全身を傾到[#「到」に「マヽ」の注記]して一箇半箇を打出する如く、私は私の一切を尽して、一句半句を打出したい、しないではゐられない、――これが私の唯一の念願であり覚悟である。
[#ここで字下げ終わり]

 五
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