、いや期待して飲んではいけない。
酔ふための酒[#「酔ふための酒」に傍点]はいけない、味ふ酒[#「味ふ酒」に傍点]でなければならない。
酔ひたい酒でなくて、味ふほどに酔ふ酒[#「味ふほどに酔ふ酒」に傍点]でなければならない。
酒のうまさ[#「酒のうまさ」に傍点]、水のうまさ[#「水のうまさ」に傍点]、それが人生のうまさ[#「人生のうまさ」に傍点]でもある。
しづかに炭をおこして(炭があるのはうれしいな)しづかに茶をすゝる、――人間として生きてゐる幸福[#「人間として生きてゐる幸福」に傍点]。
水、米、酒、豆腐、俳句――よくぞ日本に生れたる[#「よくぞ日本に生れたる」に傍点]! 日本人としてのよろこび。
地獄に遊ぶ[#「地獄に遊ぶ」に傍点]、かういふ生き方は尊い。
山口へ出張して、帰途また立寄るといつて別れた敬坊を待つたが、なか/\やつて来ない、樹明君から手紙がくる、宿直だからやつて来なさいといふ、夕方から出かける、例の如く飲む食べる、話す笑ふ、そして泊る、……今夜はみんな酔ひすぎて(五人共)あぶなく脱線するところだつた。
[#ここから3字下げ]
試作四句
その手が、をんなになつてゐる肉体
雪ふる処女の手がテーブルのうへに
咲いては落ちる椿の情熱をひらふ
雪あかりわれとわが死相をゑがく
[#ここで字下げ終わり]
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ぐうたら手記
□飲みすぎ食べすぎもよくないが、饒舌りすぎはもつとよくない。
□本を読むは物を食べるに似たり。
□心の欲するところに従うてその矩を踰えず――生活の極致。
過ぎたるは及ばざるに如かず――処世の妙諦。
人事を尽して天命を俟つ――人間の真髄。
[#ここで字下げ終わり]
二月二十四日[#「二月二十四日」に二重傍線] 晴、うらゝか。
朝飯をよばれてから朝がへり。
敬坊はやつぱり来てゐない、また脱線かな、何しろ春がきたから、まだ若いから。……
[#ここから1字下げ、折り返して2字下げ]
ぐうたら手記
□アテにしないで待つ[#「アテにしないで待つ」に傍点]――これが私の生活信条とでもいふべきもの(友に与へる文句である)。
来者不拒[#「来者不拒」に傍点]、去者不追[#「去者不追」に傍点]といつてもよからう。
□俳句することが[#「俳句することが」に傍点]、私に於ては[#「私に於ては」に傍点]、生活することだ[#「生活することだ」に傍点]。
俳句する心が、私の生きてゐる泉である。
□遊ぶ[#「遊ぶ」に傍点]――道に遊ぶ、芸に遊ぶ、句に遊ぶ、酒に遊ぶ、――童心にして老心。
□鼠、歯、餅、飯、水、酒、虫、花。
鼠もゐない家、歯のない人間、餅と日本人。
[#ここで字下げ終わり]
二月二十五日[#「二月二十五日」に二重傍線] 晴。
……みだれてしまつた、自己統制をなくしてしまつた、あてもなく歩いた。……
二月廿六日[#「二月廿六日」に二重傍線] 雨。
身心疲労たへがたし。
二月二十七日[#「二月二十七日」に二重傍線] 曇、晴。
終日終夜、悶え通した。
二月二十八日[#「二月二十八日」に二重傍線] 晴れたり曇つたり。
ぢつとしてゐるにたへなくて、街に出て宿屋に泊つた、そしてやつと安静をえた、近在散歩。
三月一日[#「三月一日」に二重傍線] 春日和、もう虫が出て飛ぶ。
散歩、歩いてゐると何となく慰められる。
[#ここから2字下げ]
・大石小石ごろ/\として春
夜露もしつとり春であります
・春夜は汽車の遠ざかる音も
・もう郵便がくるころの陽が芽ぶく木々
・風がほどよく春めいた藪から藪へ
・春風のローラーがいつたりきたり
・伐り残されて芽ぶく木でたゝへた水へ
[#ここで字下げ終わり]
三月二日[#「三月二日」に二重傍線] 晴。
今夜は呂竹居に泊めて貰つた、なごやかな家庭の空気がいら/\してゐる私をやはらかくつつむ、ありがたい、まことにありがたい。
三月三日[#「三月三日」に二重傍線] 四日 五日 六日
寝てゐた、寝てゐるより外に仕方がない。
三月七日[#「三月七日」に二重傍線] 晴。
やつと起きあがつて、句集発送。
夜半の闖入者としてK君、I君襲来。
三月八日[#「三月八日」に二重傍線]
春が来たことをしみ/″\感じる。
身辺整理。
机を南縁から北窓へうつす、これも気分転換の一法である。
在るがままに在らしめ[#「在るがままに在らしめ」に傍点]、成るがままに成らしめる[#「成るがままに成らしめる」に傍点]、それが私の心境でなければならない。
[#ここから2字下げ]
・山火事も春らしいけむりひろがる
・ぬくうてあるけば椿ぽたぽた
・草へ草が、いつとなく春になつて
[#ここで字下げ終わり]
三月九日[#「三月
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