どりがうれしさうに啼いて飛ぶ。
あるだけの米と麦とを炊く、炭も石油もなくなつた、なくなるときには何もかもいつしよになくなる、人生とはこんなものだなと思ふ。
読むものだけはある、片隅の幸福[#「片隅の幸福」に傍点]は残つてゐる。
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・いちにち雨ふり春めいて草も私も
めつきり春めいて百舌鳥が啼くのも
ゆふ凪の雑魚など焼いて一人
・寝床へまでまんまるい月がまともに
・かうして生きてゐる湯豆腐ふいた
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二月十九日[#「二月十九日」に二重傍線] 晴、晴、春、春。
やうやく米と炭と油とを工面した、窮すれば通ずるといふが、私の内外の生活はいつもさうである。
今宵は十六夜の月のよろしさ。
二月二十日[#「二月二十日」に二重傍線] 晴、霜も氷も春。
独り者の朝寝はよろしいな。
午後、湯屋へ出かけて、ユフウツを洗ひ流してくる。
帰途、農学校に立ち寄つて樹明君と話す、君も此頃は明朗で愉快だ。
私は酒も好きだが、菓子も好きになつた(何もかも好きになりつつある、といつた方がよいかも知れない)、辛いものには辛いもののよさが、甘いものには甘いもののよさがある、右も左も甘党辛党万々歳である。
苦労は人間を磨く[#「苦労は人間を磨く」に傍点]、用心すべきは悪擦れしないことである[#「用心すべきは悪擦れしないことである」に傍点]。
私の日記も書く事書きたい事がだん/\少くなつた、ここにも私の近来の生活気力があらはれてゐるといへるだらう。
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・こどもはなかよく椿の花をひらうては
・せんだんの実や春めいた雲のうごくともなく
・椿ぽとり豆腐やの笛がちかづく
・人間がなつかしい空にはよい月
やつぱり出てゐる蕗のとうのおもひで(改作)
井師筆額字を凝視しつつ
・「其中一人」があるくよな春がやつてきた(改作)
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二月二十一日[#「二月二十一日」に二重傍線]
なか/\寒い、霜がつめたい、捨てた水がすぐ凍るほどであるが、晴れてうらゝかで、春、春、春、午後は曇つて、夜はぬくたらしい雨となつた。
おいしい雑魚を焼いてゆつくり昼飯を食べてから近在を散歩する、春寒い風が胸にこたえるので、長くは歩けなかつたが、蕗のとうと句とを拾つて戻つた。
けふもまた誰も来なかつた、誰も来ないでよろしいけれども、淋しいなとは思つたことである。
※[#二重四角、291−6]ありがたいことには、私は此頃また以前のやうに御飯をおいしく食べるやうになつた、逃げた幸福[#「逃げた幸福」に傍点]がかへつてきたのである、生きることは味ふことであるが[#「生きることは味ふことであるが」に傍点]、食べることは味ふことの切実なるものである[#「食べることは味ふことの切実なるものである」に傍点](殊に老境に於ては、食べることが生きることである)。
夜は盲目物語[#「盲目物語」に傍点]を読んで潤一郎芸術の渾然たるにうたれた、そして人の一生[#「人の一生」に傍点]といふものが痛感された。
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・なむからたんのうお仏飯のゆげも
・ひとりぐらしも大根きりぼしすることも
おもむろに雑魚など焼いてまだ寒いゆふべは
窓ちかくきてた[#「た」に「マヽ」の注記]えづるや御飯にしよう
焼いては食べる雑魚もゆたかなゆふ御飯
・蕗のとうが、その句が出来てたよりを書く
蕗のとう、あれから一年たちました(緑平老に)
・空が山があたゝかないろの水をわたる
・住みなれて藪椿なんぼでも咲き
歩けなくなつた心臓の弱さをひなたに
蕗のとうのみどりもそへてひとりの食卓
・ほろにがさもふるさとでふきのとう
藁塚のかげからもやつと蕗のとう
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二月二十二日[#「二月二十二日」に二重傍線] 雨、春時化とでもいはう、よいたよりでも来ないかな?
降る、降る、その雨を衝いて(ゴム靴はありがたいな、おもいな)街へ、――酒買ひに、でせう、――まつたく、その通り、一升借り出しました。
一杯機嫌で、うと/\してゐるところへ、敬坊来庵、久しぶりにF屋でうまい酒を飲む、それからまた例によつて二三ヶ所を泳ぎまはる、そしてI旅館に碇泊(沈没にあらず)、まことによいとろ/\[#「とろ/\」に傍点]であつた!(どろ/\[#「どろ/\」に傍点]にあらず)
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・山から水が春の音たてて流れだしてきた
・雑草あるがまま芽ぶきはじめた
[#ここで字下げ終わり]
二月二十三日[#「二月二十三日」に二重傍線] 晴、まつたく春ですね。
公明正大なる朝帰り! 五臓六腑にしみわたる朝酒のほろ酔機嫌で!
雑魚を焼きつつ、造化のデリカシーにうたれ、同時に人間の残忍を考へないではゐられなかつた。
酒は酔を意識して
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