がしく燃えてゐる火のなつかしく(途上)
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 七月二十日[#「七月二十日」に二重傍線] 曇、しめやかな雨となつた。

夕方から、招かれて学校へ行く、樹明君宿直である、例によつて御馳走になる、六日ぶりの酒肴である、おそくなつたので、勧められるまゝに泊つた、食べすぎて寝苦しかつた。

歯のぬけた口で茹章魚を食べビフテキを食べるのだから自分ながら呆れる、むろん噛みしめることは出来ないからほんたうには味へない。
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・蛙なく窓からは英語を習ふ声
・最後の一匹として殺される蝿として
 殺した藪蚊の、それはわたしの血
 しんみり風に吹かれてゐる風鈴は鳴る
・やつとはれてわたくしもけふはおせんたく(雑)
 どこかでラヂオが、ふくろうがうたふ
 豆腐やの笛がきこえる御飯にしよう
 おくれた薯を植えいそぐ母と子と濡れて
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 七月廿一日[#「七月廿一日」に二重傍線] 曇、蒸暑い、雨。

早朝帰庵、身辺整理。
――米がなくなつた(銭は無論ない)、絶食もよからう(よくなくても詮方ない)、と観念してゐたら、樹明君から昨夜の言葉通りに少々送つてきた、これでしばらくは安心、そのうちにはKからの送金があるだらう。
即興詩人[#「即興詩人」に傍点]と梅干老爺[#「梅干老爺」に傍点]! それを考へてひとり苦笑する、それが事実であるだけそれだけ、笑ひたいやうで笑へない。
色慾から食慾へ[#「色慾から食慾へ」に傍点]――これが此頃の推移傾向である。
夢! 夢は自己を第二の自己[#「第二の自己」に傍点]として表現して見せてくれるものだ、私は近頃よく夢を見る、毎夜の夢が毎日の私を考へさせる。
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   ぐうたら手記
□故郷(老いては)(病みては)(うらぶれては)。
□旧友(ルンペンの感慨)。
□貨幣価値を超越したもの[#「貨幣価値を超越したもの」に傍点](焚火の如き)。
□「無くなる[#「無くなる」に傍点]」
 銭がなくなる、米がなくなる、生命がなくなる!
□過ぎゆくもの[#「過ぎゆくもの」に傍点](死を前に)。
□生活――
 帰依――感謝――合掌――報恩。
□業 carma ――
 私――酒――飲めば悪くなり、飲まなければ悪くなる。――
□遺書[#「遺書」に傍点]について。
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