(家人一同のよさも)素敵だつた、暮れてお暇乞して、散歩して、シネマを観て、酒垂山の月を賞して、夜明けの汽車でやつと帰庵した。
めづらしく裏山で狐が鳴いてゐた。
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・雑草に夜明けの月があるしづけさ
・笹のそよぎも梅雨らしい雨がふりだした
あたゝかく日がさすところよい石がある
・五月の海は満ちて湛へて大きな船
故郷にて
・螢ちらほらおもひだすことも
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六月十五日[#「六月十五日」に二重傍線] 晴れたり曇つたり、梅雨らしく。
遊びすぎたのでがつかりした、自戒をやぶつて冷酒をあほつたので、破戒の罰はてきめんで身心がうづくやうである。
湯田へ出かけて熱い温泉に浸る、あゝ極楽、夕方帰庵して一杯飲んですぐ寝た、熟睡、夢も見なかつた安らかさだつた。
――危機はたしかに過ぎ去つた[#「危機はたしかに過ぎ去つた」に傍点]――
アイスキヤンデー流行には驚嘆する、通行人の立ち寄り易いやうな場所には二軒も三軒も並んで店を張つて競争してゐる、駄菓子屋、氷屋は大恐慌だ、いや彼等はアイスキヤンデー売りに転業しつゝある、先日、私もすゝめられて食べてみたが、流行するだけの値打ちはあると思つた、何しろ安いから、そして割合にうまいから、取扱が簡単だから、等、々、々。
今日、途上で、とても美しいお嬢さん[#「美しいお嬢さん」に傍点]を見た、さつそうとして洋装の長身がアスフアルトを踏んでゐる、そして同時に、とても醜い娘さん[#「醜い娘さん」に傍点]を見た、彼女は日傘で顔を隠して、追はれて逃げるやうに、隅の方を通る。……
私はあんぜんとして溜息をついた。
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・朝風そよげばひかるは青葉から青葉へ蜘蛛のいとなみ
・水をあびてはつるみとんぼの情熱
・晴れてけさはすつかり青田で
・萩がもう、ここに住みついて四年
・さみだるゝやわが体臭のたゞよふ
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六月十六日[#「六月十六日」に二重傍線] 晴、風、雨。
風、風、風、風ほどいやなものはない。
夕方、樹明君来庵、すぐ帰宅。
風に敗けて飛びだした、手には念珠を握つてゐる、それをあづけてTさんから少し借りる、そして酔ひつぶれて、I館に泊る。……
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生家の跡[#「生家の跡」に白三角傍点]
――(十四日の夜)――
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