或る人に――
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酒は酒、水は水、それでよろしいのですが、私の場合では酒が水にならないとよろしくないやうです(養老の孝子の場合では、水が酒になりましたが!)。
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四月二十日[#「四月二十日」に二重傍線] 晴、さてもうらゝかな。
今日も歩いた、陶から鋳銭司へ、そして秋穂まで、野も山も人も春たけなはだつた。
入浴、そして晩酌、とてもよかつた。
陰暦の三月十八日、裏山の観音堂は賑やかである、地下の人々が男も女も年寄も子供もみんないつしよに、御馳走をこしらへて食べるのである、いはゞ里のピクニツク、村の園遊会である。
かういふ風習はなつかしい、うれしいもよほしであるが、それも年々さびれて、都会並の個人享楽にうつつてゆく、なげいたところで時勢のながれはせきとめることもできない。
昨日も今日も一句も出来なかつた、出来さうとも思はなかつた、長らく悩んだ結果として、私の句境は打開されつゝあるのである。
四月二十一日[#「四月二十一日」に二重傍線] 晴、そとをあるけば初夏を感じる。
昨日は朝寝、今朝は早起、それもよし、あれもよし、私の境涯では「物みなよろし」でなければならないから(なか/\実際はさうでもないけれど)。
常に死を前に[#「常に死を前に」に傍点]――否、いつも死が前にゐる[#「いつも死が前にゐる」に傍点]! この一ヶ年の間に私はたしかに十年ほど老いた、それは必ずしも白髪が多くなり歯が抜けた事実ばかりではない。
しづかなるかな、あたゝかなるかな。
午後、歩いて山口へ行つた、帰途は湯田で一浴してバス、バスは嫌だが温泉はほんたうにうれしい、あふれこぼれる熱い湯にひたつてゐると、生きてゐるよろこび[#「生きてゐるよろこび」に傍点]を感じる。
晩酌一本、うまい/\、明日の米はないのに。
私はまさしく転換した、転換したといふよりも常態に復したといふべきであらう、正身心[#「正身心」に傍点]を持して不動の生活に入ることが出来たのである。
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・ふるつくふうふうわたしはなぐさまない(ナ)
・ふるつくふうふうお月さんがのぼつた
・ふるつくふうふ[#「ふうふ」に傍点]とないてゐる
(ふるつくはその鳴声をあらはすふくろうの方言)
・照れば鳴いて曇れば鳴いて山羊がいつぴき
・てふてふもつれつつ草から空へ(ナ)
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