て刑務所の壁の高さ
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十六日 十七日 十八日
かなしい、うれしい日であつたとだけ。
三月十九日[#「三月十九日」に二重傍線] 曇。
急に思ひ立つて佐野の妹を訪ねる、お土産は樹明君から貰つたハム、いつものやうに酔つぱらつておしやべり、寿さんが黙々として労働してゐることは尊い、省みて恥ぢないではゐられなかつた。
外出着の質受ができないので、古被布を着て行つたので、さんざ叱られた、叱る彼女も辛からうが、叱られる私も辛かつた、……肉縁のよさ、そして肉縁のわずらはしさ!
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をとこがをなごが水がせゝらぐ灯かげ(雑)
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三月二十日[#「三月二十日」に二重傍線]
夜の明けきらないうちに起きて散歩、佐波川はおもひでのしづけさをたたへて鶯も啼いてゐる。
イチと名づけられた犬が可愛い、ほんたうに可愛い。
花と梅干とを貰うて帰庵。
F家の白木蓮がうつくしい、それにもおもひでがある。
三月二十一日[#「三月二十一日」に二重傍線] 曇、なか/\寒い、雨。
お彼岸の中日。
アテにしないで待ちかまへてゐた徳山の連中は来てくれなかつた、……寝るより外なかつた。
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白船君に
だまされてゆふべとなれば木魚をたたく
改作追加一句
子がうたへば母もうたへばさくらちる
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三月二十二日[#「三月二十二日」に二重傍線] 晴。
生死を生死せよ[#「生死を生死せよ」に傍点]。
三月二十三日[#「三月二十三日」に二重傍線] 雪でもふりだしさうな曇りだつたが、午後はぬくい雨となつた。
たよりいろ/\、ありがたし、かたじけなし。
街へ出かけて、払ふべきものを払へるだけ払ふ、Tさんの如きは、払つて貰ふことは予期してゐなかつたといつて私よりも彼女が恐縮した!
雑魚で一杯、ほろ/\酔うて、ぶら/\歩きたい気分をおさへて寝た。……
雑木雑草[#「雑木雑草」に傍点]、その幸福にひたつた。
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・ふるさとはおもひではこぼれ菜の花も
なんと長い汽車が麦田のなかを
・ぼけが咲いてふるさとのかたすみに
・けふはこれだけ拓いたといふ山肌のうるほひ
・水に雲が明けてくる鉄橋のかげ
妹の家を訪ねて二句
・門をはいれば匂ふはその沈丁花
しきりに尾をふる犬がゐてふ
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