れも水芋だとうれしいのだけれど。
小雨がふる(まつたく秋雨だ)、今日の托鉢はダメかな、お客さんにあげる御飯がないのだが。
火を燃やしつつ、いつでも火といふものを考へる、乞食はよく火を焚くといふ、火はありがたい、焚火はたまらなくなつかしいものだ。
私には銭はなくなりがちだけれど、時間はいつもたつぷりある、両方あつては勿躰ない!
すなほにつつましく[#「すなほにつつましく」に白三角傍点]、――これが、これのみが私の生き方である、生き方でなければならない。
街の子が来て、なつめをもいだ。
大根を播く、今日はまことに種蒔日和だ。
暮近く、敬治君ひよつこり来庵、渋茶をすゝりながら暫時話す、暮れてから、誘はれて(あまり気はすゝまないが、敬治君にはすまないが)、いつしよにFへ行つて飲む、ほどよく酔うて、更けて戻つた。
「その矩を踰えない[#「その矩を踰えない」に傍点]」私であつたことは何よりもうれしい[#「私であつたことは何よりもうれしい」に傍点]、私はとうとう私自身に立ちかへることが出来たのだ[#「私はとうとう私自身に立ちかへることが出来たのだ」に傍点]、私はやうやう本然の私を取りかへしたのだ[#「私はやうやう本然の私を取りかへしたのだ」に傍点]。
山頭火が山頭火を祝福する[#「山頭火が山頭火を祝福する」に傍点]!
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・もう枯れる草の葉の雨となり(丘関)
・萩が咲きだしてたまたま人のくる径へまで(楠)
・馬糞茸《クソダケ》も雑草の雨のしめやかな(門)
「死をうたふ」追加
・死がちかづけばおのれの体臭(楠)
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九月五日[#「九月五日」に二重傍線] 雨――晴れてゆく。
東の空が白むのを待ちかねて起きる。
今日は大山さんが来てくれる日。
浴衣一枚では肌寒く、手がいつしか火鉢へいつてゐる。
待つ身はつらいな、立つたり坐つたり、そこらまで出て見たり、……正午のサイレンが鳴つた、すこしいらいらしてゐるところへ、酒屋さんが酒と酢とを持つてきた、そして間もなく大山君が、家嶋さんがにこ/\顔をあらはした、……五ヶ月ぶりだけれど、何だか遠く離れてゐたやうだつた。……
豆腐はいつものやうに大山さんみづからさげてきたけれど、実は其中庵裡無一物、米も醤油も味噌も茶も何もかも無くなつてゐることをぶちまける(大山さんなればこそである)、大山さん身軽に
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