つてゐる、三原山の火坑に落ちて死ねない人間のやうだ、憎い油虫だけれど――私はどうしても油虫だけは嫌いだが――何だかいぢらしくて憎めなかつた。
大山君を昨日から待つてゐたのだが、仕事の都合で五日の朝訪ねるといふハガキがきたので、がつかりした、五日の朝よ、早く来れ、早く五日の朝となれ。
辛うじて質屋の利子を払ふ。
大根一本三銭也。
柚子の香気うれし。
何と賑やかな虫の合奏だらう。
よくない酒でも何でも泥酔するまで呷らずにはゐない私だつた、さういふ私が八月十日以後は、よい酒を微酔するだけ味へば十分足りるやうになつた、一升の酒が二合三合となつたのである、酔ひたい酒から味ふ酒へ転じたのである[#「酔ひたい酒から味ふ酒へ転じたのである」に傍点]、しみ/″\酒は味ふべきである[#「しみ/″\酒は味ふべきである」に傍点]。
嫌な、嫌な夢を二つも続けて見た、……寝苦しかつた、……醜い自分を自分で恥ぢた。……
△ △ △
今日は関東大震災の記念日である。
あの日のことを考へると、自分のだらしなさがはつきり解る。……
あの場合、私がほんたうにしつかりしてゐたならば、私は復活更生してゐなければならなかつたのである。
あれから十三年、私はいたづらに放浪し苦悩し浮沈してゐたに過ぎないではないか。
九月一日、私はこゝで、最後の正しい歩調[#「最後の正しい歩調」に傍点]を踏み出さなければならない。
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我昔所造諸惑業
皆由無始貪瞋癡
従身口意之所生
一切我今皆懺悔 合掌
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ぐうたら手記
□昼は働き夜は睡る[#「昼は働き夜は睡る」に傍点]。
これが人間の健全な情態であり、人生の幸福である。
□梅干[#「梅干」に傍点]はまことに尊いものだつた、日本人にとつては。
□西洋人は獣に近く、日本人は鳥に近い[#「日本人は鳥に近い」に傍点]。
□酒、友、句。
□不一不二の境地、空じ空じ空じてゆく心境。
□私は一心一向に一乗道に精進する、一乗道とは即ち句作道である。
ぐうたら手記
□句作は、私にあつては、解脱[#「解脱」に傍点]であるが、一般の句作者にあつても、その作品は解脱的でなければならないと思ふ。
ぐうたら手記
□私はいつも物を粗末にしないやうに心がけてゐ
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