の晩酌の下物としては足りる、私の営養不足を補うて余りあるだらう。
魚一皿、酒一本、それだけでまことにゆつたりとした気分である。
雨の音が私を一しほ落ちつかせてくれる、雨に心をうたせてゐると何ともいへない気持になる。
留守中に誰か来たやうだ、鏡が取りだしてあり、紙反古が捨てゝあり、そして障子が閉めかけてある(この障子が閉めかけてあることが、私を不快にし、その人を軽蔑せしめた!)、何とも書き残してはなかつた。
鈴虫が鳴きだした、お前はつゝましい歌手だよ。
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   ぐうたら手記
詩制作
 感動――言葉――韻律。
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 八月三十一日[#「八月三十一日」に二重傍線] 曇、微雨。

朝が待遠かつた、ぐつすり寝て眼のさめたのが早過ぎた。
たよりいろ/\、しみ/″\ありがたし。
竹の葉にばら/\雨のよろしさ。
夜具整理、女の――主婦の心持が解つた。
このごろ、御飯のうつくしさ[#「御飯のうつくしさ」に傍点]、うまさ[#「うまさ」に傍点]、ありがたさ[#「ありがたさ」に傍点]。
駅のポストまで出かけた帰途で、念珠玉草を見つけて、一茎持つて戻つて、机上の徳利に※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]す、幼年時代の追憶が湧いた。
石蕗二三株を鉢植にする、私の好きな草の一つである、私の食卓を飾つてくれるだらう。
夕方になると晩酌の誘惑[#「晩酌の誘惑」に傍点]がくる、とう/\こらへきれないで、なけなしの銭で焼酎一合買うてきた。……
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   ぐうたら手記
□考へると――
 私の過去の悪行――乱酔も遊蕩も一切が現在の私を作りあげる捨石のやうなものだつた(といつたからとて、私は過去を是認しようとするのではないが)。
 第一関を衝き破らなければ第二関に到り得ないのだ、第二関を突破しなければ第三関にぶつつからないのだ。
 そして、第四関、第五関、第六関、第七関、……関門はいくつでもある。
 それが人生なのだ。
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 九月一日[#「九月一日」に二重傍線] 雨。

ひえ/″\として、単衣一枚ではうそ寒いので襦袢をかさねた、夜は蒲団をだして着た。
丸火鉢の灰の中でごそ/\動いてゐるものがある! よく観れば、いつぞや落ちこんだ油虫だつた、痩せて弱
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