借金は第三者には解らない重荷であるだけ、それだけ払ふてからの気持は軽くて快いものである。
いよ/\遊漁鑑札を受けた、これから山頭火の釣のはじまり/\!
アイをひつかけるか、コヒを釣りあげるか。
山東菜を一畝ほど播く。
しづかにして、すなほにつつましく。
青唐辛の佃煮をこしらへる。
去年は肺炎、今年は狭心症、来年は脳溢血か、――希くはころり徃生[#「ころり徃生」に傍点]であらんことを。
午後はとても暑かつたが、米買ひに、豆腐買ひに、焼酎買ひに、街へまた出かけた。
夕立がやつてきさうだつたが、すこしバラ/\と降つたが、とうとう逃げてしまつた。
どうも寝苦しい、妙な嫌な夢を見る。……
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ぐうたら手記
釣心[#「釣心」に傍点]、句心、酔心。
「道心の中に衣食あり[#「道心の中に衣食あり」に傍点]」頭がさがつた、恥づかしさと心強さとで汗が流れた、私の場合では道心[#「道心」に傍点]を句心と置き換へてもよからう。
惜花春起草、愛月秋眠遅、かういふ気持も悪くない。
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八月廿七日[#「八月廿七日」に二重傍線] 晴、秋となつた空にちぎれ雲。
天地悠久の感、事々無礙、念々微笑の境地。
黙壺君からの来信、その中には友情が封じ込まれてあつた。……
さつそく、湯田の温泉に遊ぶことにする。
暑い、銭がある、理髪する(女がやつてくれたが、男よりも女の方がやさしくて念入で、下手上手にかゝはらない私にはうれしかつた)、バスがゆつくりしてゐる。……
温泉は熱くて豊富で、広くて、遠慮がなくて、安くて、手軽で、ほんたうによろしい。
町を歩いて、嫌とも気のつくことはキヤンデー時代[#「キヤンデー時代」に傍点]だといふことだ、こゝにもそこにもキヤンデー売店、そしてあの児もこの人もキヤンデーをしやぶつてゐる。
買物いろ/\、銘酒二合買うて戻ることも忘れなかつた。
生ビールもうまいが、燗酒はもつと、もつとうまい。
拾五銭のランチも私には御馳走だ。
四時の汽車で帰庵、夕餉の支度をしてゐると、樹明君から来信、宿直ださうである、OK、待つてゐましたとばかり学校へ、――例によつて生ビールと鮭肉とを頂戴した、釣道具、餌蚯蚓などを分けて貰ふ。
更けて帰庵、涼しい風が吹きぬける。
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壺の萩さく朝風が机をはらふ
・藪をとほして青空が秋
・風鈴しみ/
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