気に入つた場所が見つからないので、けつきよく、そのまゝ別れて戻つた、めでたし、めでたし。
久しぶりの酒と散歩とがぐつすり睡らせてくれた。
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   ぐうたら手記
□過去帳[#「過去帳」に傍点]――
  年寄の冷水でなくして洟水[#「洟水」に傍点]。
□天地荘厳経[#「天地荘厳経」に傍点]。
  自然、藝術。
□魚籃を失ふ釣人。
 魚籃を持たない釣人。
□純粋化――単純化――個性化。
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 八月廿五日[#「八月廿五日」に二重傍線] 晴。

まだ暗いうちにサイレンが鳴つたが、はて、何だらう、――それだけ私も世を離れてゐる。
けさはとても早起、夜が明けるのを待ちかねた、まるで四五才の小供のやうに。
卒倒以来、心地頓に爽快、今日は特に明朗だつた。
山の鴉が窓ちかくやつてきて啼きさわぐ、赤城の子守唄をおもひだせとばかりに、――じつさい、おもひだして小声でうたつた、何とセンチなオヂイサン!
これは昨夜、佐山地方を逍遙して感じたのであるが――
ここらあたりには時代の音[#「時代の音」に傍点]は聞えるけれど、まだ/\時代の波[#「時代の波」に傍点]は押し寄せてはゐない。
やつと郵便がきた、友のありがたさ[#「友のありがたさ」に傍点]、子のありがたさ[#「子のありがたさ」に傍点]をしみ/″\感じないではゐられなかつた。
午後、ぼんやりしてゐるところへ、ひよつこり黎坊が来てくれた、うれしかつた、反古紙を探して私製はがきを窮製[#「窮製」に傍点]して方々の親しい人々へ寄書をしたりなどして、しんみりと夕方まで遊んだ。
やうやく、眼鏡を買ふことが出来た、古い眼鏡は度が弱くて霞の中にゐるやうだつたが、これで夜の明けたやうに明るくなつた。
このごろまた多少神経衰弱の気味、恥づべし、恥づべし。
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   ぐうたら手記
俳句――
  詩的本質
  特異性
    季語、季感、季題の再検討
    ┌季節的 ┌印象的
    └民族的 └現実的
  観念象徴

   ぐうたら手記
雨はしみじみする、ことに秋の雨は。
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 八月廿六日[#「八月廿六日」に二重傍線] 晴、残暑がなか/\きびしい。

朝、山萩の一枝を折つてきて机上をかざつた。
午前、街へ行く、払へるだけ借金を払ふ、
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