下げ終わり]
八月十六日[#「八月十六日」に二重傍線] 晴れて涼しい。
今日も身辺整理、手紙を書きつづける。
昨夜もまた一睡もしなかつた、少し神経衰弱になつてゐるらしい、そんな弱さではいけない。
午後、樹明君、敬治君来庵、酒と汽車辨当を買うて、三人楽しく飲んで食べて話した、夕方からいつしよに街へ出かけてシネマを観た(トーキーでないので、せつかくのヱノケンも駄目だつた)、それから少し歩いて、めでたく別れた。
十一日ぶりのアルコール、いやサケはとてもうまかつた。
私にはもう性慾[#「性慾」に傍点]はない、食慾[#「食慾」に傍点]があるだけだ、味ふことが生きることだ[#「味ふことが生きることだ」に傍点]。
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・すずしく風が蜂も蝶々も通りぬける
・かたすみでうれてはおちるなつめです
・身のまはりいつからともなく枯れそめし草
ねむれなかつた朝月があるざくろの花
月夜干してあるものの白うゆらいで
[#ここで字下げ終わり]
三月十七日[#「三月十七日」に二重傍線][#「三月十七日[#「三月十七日」に二重傍線]」はママ]
寝た、寝た、ぐつすりと睡れた。
樹明君に連れられて、椹野川尻で鮒釣見習。
八月十八日[#「八月十八日」に二重傍線] 新秋清明。
初めてつく/\ぼうしが鳴いた。
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青葉かげお地蔵さまと待つてゐる
蟻の行列をかぞへたりして待つ身は暑い
バスのほこりの風にふかれて昼顔の花
・炎天下の兵隊としてまつすぐな舗道
行軍の兵隊さんでちよつとさかなつり
・釣りあげられて涼しくひかる
・水底の太陽から釣りあげるひかり
・ゆふなぎおちついてまた釣れた
[#ここで字下げ終わり]
八月十九日[#「八月十九日」に二重傍線] 晴、朝晩の涼しさよ、夜は冷える。
身辺整理。
今日も手紙を書きつゞける(遺書も改めて調製したくおもひをひそめる)、Kへの手紙は書きつつ涙が出た。
ちよつと学校へ、やうやくなでしこ一袋を手に入れる。
肉体がこんなに弱くては――精神はそんなに弱いとは思はないが――仕事は出来ない。
人生は味解である[#「人生は味解である」に傍点]、人生を味解すれば苦も楽となるのだ。
よき子[#「よき子」に傍点]であれ、よき夫[#「よき夫」に傍点](或は妻)であれ、よき父[#「よき父」に傍点]であれ、それ以外によき
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