一節である。
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正しくいへば、卒倒でなくして自殺未遂[#「自殺未遂」に傍点]であつた。
私はSへの手紙、Kへの手紙の中にウソを書いた、許してくれ、なんぼ私でも自殺する前に、不義理な借金の一部分だけなりとも私自身で清算したいから、よろしく送金を頼む、とは書きえなかつたのである。
とにかく生も死もなくなつた、多量過ぎたカルモチンに酔つぱらつて、私は無意識裡にあばれつつ、それを吐きだしたのである。
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断崖に衝きあたつた私だつた、そして手を撒[#「撒」に「マヽ」の注記]して絶後に蘇つた私だつた。
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死に直面して[#「死に直面して」は罫囲み]
「死をうたふ[#「死をうたふ」に傍点]」と題して前書を附し、第二日曜[#「第二日曜」に傍点]へ寄稿。
・死んでしまへば、雑草雨ふる
・死ぬる薬を掌に、かゞやく青葉
・死がせまつてくる炎天
・死をまへにして涼しい風
・風鈴の鳴るさへ死はしのびよる
・ふと死の誘惑が星がまたたく
・死のすがたのまざまざ見えて天の川
・傷《キズ》が癒えゆく秋めいた風となつて吹く
・おもひおくことはないゆふべ芋の葉ひらひら
・草によこたはる胸ふかく何か巣くうて鳴くやうな
・雨にうたれてよみがへつたか人も草も
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八月十五日[#「八月十五日」に二重傍線] 晴、涼しい、新秋来だ。
徹夜また徹夜、やうやくにして身辺整理をはじめることができた。
五十四才にして五十四年の非を知る[#「五十四才にして五十四年の非を知る」に傍点]。
憔悴枯槁せる自己を観る。
遠く蜩が鳴く。
風が吹く、蒼茫として暮れる。
くつわ虫が鳴きだした。
胸が切ない(肺炎の時は痛かつた)、狭心症の発作であるさうな、そして心臓痲痺の前兆でもあるさうな(私は脳溢血を欣求してゐるが、事実はなか/\皮肉である)。
灯すものはなくなつたが、月があかるい。
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徹夜不眠
・ほつと夜明けの風鈴が鳴りだした
ずつと青葉の暮れかゝる街の灯ともる
・遠く人のこひしうて夜蝉の鳴く
・踊大鼓も澄んでくる月のまんまるな
・月のあかるさがうらもおもてもきりぎりす
・月あかりが日のいろに蝉やきりぎりすや
米田雄郎氏に、病中一句
・一章読んでは腹《おなか》に伏せる「青天人」の感触
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