いつしかあかるくちかづいてくる太陽
・酔ひきれない雲の峰くづれてしまへ
[#ここで字下げ終わり]

 七月二十四日[#「七月二十四日」に二重傍線] 晴、曇[#「曇」に「マヽ」の注記]かつた。

また徹夜だ、人間として(彼が出来てゐる人間[#「出来てゐる人間」に傍点]ならば)、食べるものがまづいとか、夜眠れないとかいふことがあるべき筈はない、私は罰せられ[#「罰せられ」に傍点]てゐるのだ。
冬村君を久しぶりに工場に訪ねる、夫婦共稼ぎの光景である、彼等は父母と仲違ひして別居してゐる、こゝにも人生悲劇の場面が展開されてゐるのである。
昨日の酒があつまつてゐるので、朝酒昼酒そして晩酌、ありがたいことだ。
人のなさけ[#「人のなさけ」に傍点]を感じること二度。
番茶[#「番茶」に傍点]を味ふ、トマトを味ふ。
今日は土用丑の日、とうとう鰻には縁がなかつた、鰻よりも鮎を食べたいのだが。
秋茄子三本、秋胡瓜三本を植ゑる、この価五銭、あんまり安すぎる。
[#ここから1字下げ、折り返して2字下げ]
   ぐうたら手記
□求めない生活[#「求めない生活」に傍点]――私の生活[#「私の生活」に傍点]について。
□貧しければこそ[#「貧しければこそ」に傍点]――
 ほどよい貧乏。
 私が今日まで生きてきたのは貧乏のおかげ[#「乏のおかげ」に傍点]だ。
□疾病[#「疾病」に傍点]。
 ほどよい疾病[#「ほどよい疾病」に傍点](私の場合には)
□歯[#「歯」に白三角傍点]のあるとないと――
 白船老との会食、酢鮹の話。
[#ここで字下げ終わり]

 七月二十五日[#「七月二十五日」に二重傍線] 快晴、土用日和。

かん/\照りつけるので稲が喜んでゐる、百姓が喜んでゐる、私も喜んでゐる、みんな喜んでゐる。
今日も酒があつた、茄子があつた、トマトがあつた、私にはありがたすぎるありがたさである。
茶の本[#「茶の本」に傍点](岡倉天心)を読みかへした、片々たる小冊子だけれど内容豊富で、教へられることが極めて多い本である。
即興詩人[#「即興詩人」に傍点](森鴎外訳)も面白い、クラシツクのよさが、アンデルゼンのよさが、鴎外のよさが私を興奮せしめる。
私は空想家[#「空想家」に傍点]だ、いや妄想家[#「妄想家」に傍点]だと思つたことである、今日にはじまつたことではないが。
遠く蜩が鳴いた、うれしかつた
前へ 次へ
全93ページ中52ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
種田 山頭火 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング