つつく
・このみちの雑草の中あたたかうたどる
   賀 元寛君新婚二句
・まことに小春日の、並んでゆくかげの
・山しづかにして咲いてるもの
[#ここで字下げ終わり]

 十二月十六日[#「十二月十六日」に二重傍線] からりと晴れて、とてもよいお天気である。

師走のいそがしい物音ものどかにきこえる。
家いつぱいの朝日影、ありがたし。
終日、閑を楽しむ[#「閑を楽しむ」に傍点]、有閑老人!
入浴、肉体の衰弱がはつきり解る。
蕪菜を煮る、やはらく[#「らく」に「マヽ」の注記]てまことに年寄向。
雑草をうたふ[#「雑草をうたふ」に白三角傍点]――これが私の当面のつとめだ。
毎夜よい月、今夜の月かげもよかつた。
今日で五日間、私は誰とも会話しなかつた、いはゞ独坐無言の五日間だつた、孤独は私の宿命であらう[#「孤独は私の宿命であらう」に傍点]、そしてそれは孤独の微笑でなければならない[#「そしてそれは孤独の微笑でなければならない」に傍点]。
畢竟、私の過去は私の煉獄[#「私の煉獄」に傍点]であつた、無論、善い意味に於て。
どうも眠れないで困る、長い夜がとても長かつた。
[#ここから1字下げ、折り返して2字下げ]
   「ぐうたら手記」素材
□凝心と放心[#「凝心と放心」に傍点]、求心力と遠心力、知る[#「知る」に傍点]ことと忘れる[#「忘れる」に傍点]こと。
□愚に返つて愚を守る[#「愚に返つて愚を守る」に傍点]、本来自然の生活。
□享楽[#「享楽」に傍点]から感謝[#「感謝」に傍点]へ。
□私は恋といふものを知らない男[#「恋といふものを知らない男」に傍点]である、かつて女を愛したこともなければ、女から愛されたこともない(少しも恋に似たものを感じなかつたとはいひきれないが)、私は何よりも酒が好きだ、恋の味は酒の味のやうなものではあるまいかと、時々考へては微苦笑を洩らす私である、酒は液体だが女は生き物だ、私には女よりも酒が向いてゐるのだらう!
[#ここから2字下げ]
女の肉体はよいと思ふことはあるが、女そのものはどうしても好きになれない。
女がゐなくても酒があれば、米があれば、炭があれば、石油があれば、本があれば、ペンがあれば、それで十分だ!
[#ここで字下げ終わり]

[#ここから1字下げ、折り返して8字下げ]
十二月十七日[#「十二月十七日」に二重傍線] 毎日、結構なお天気でございます、……と思うてゐるうちに、曇つて寒くなつた、近く雨か雪であらう、それでよろしい、今年もはや暮れようとしてゐる。
[#ここで字下げ終わり]

Fの家族が、馬まで連れて、前畑へきた、枯蔓燃やしたり、土を耕やしたり、何のかのと話したり、……その睦まじい協力労作を見聞して、私のふさぎの虫[#「ふさぎの虫」に傍点]がすこしやはらげられる。……
寂しがるのではないが、親しい友達といつしよに、湯豆腐ででもしんみり一杯やりたいなあと思ふ。
街へ出たついでに、石油代を掛にして貰つて、その金で、濁酒一杯ひつかけて例の虫[#「例の虫」に白三角傍点]をなぐさめ、うどん玉を買うて戻る、それが昼飯。
いつぞや見つけておいた路傍の水仙を採つてくる、まだ蕾はかたいけれどお正月までには開くだらう。
水仙は尊い花[#「水仙は尊い花」に傍点]である。
案外早く、暮れないうちから降りだした、そしてまた直ぐ止んだ、いやにぬくいことである。
今夜も寝苦しかつた、ヘンリライクロフトの手記をやうやく読みをへて、ワルデンを読みはじめる、どちらも私の愛読書として興味がふかい。
[#ここから2字下げ]
   「落葉抄」
 小春なごやかな屋根をつくらふ
・小春日和の豆腐屋の笛がもうおひるどき
・おしつこさせる陽がまとも
・人も藁塚もならんであたたか
・落葉が鳴るだらう足音を待つてゐる(敬坊に)
・建ていそぐ大工の音が遠く師走の月あかり
・冬ごもりの袂ぐさのこんなにも
・あのみちのどこへゆく冬山こえて(再録)
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから1字下げ、折り返して2字下げ]
   「ぐうたら手記」素材
□したいことはいろ/\あるけれど、しなければならないことはあまりない、さてもノンキな年の暮ではある。
□性慾がなくなると、むなしいしづけさ[#「むなしいしづけさ」に傍点]がやつてくる、食慾がなくなると、はかないやすけさ[#「はかないやすけさ」に傍点]がやつてくる。
□後光[#「後光」に傍点]のさす人物、余韻余情のある生活。
□単純――率直――真実、それが私の生活でなければならない。
□私も私自身について[#「私自身について」に傍点]アケスケに話したり書いたりすることが出来るやうになつた、自他共に隠さず衒はず、佞らず飾らない私達でなければならない。
□朴念人――妙好人。
□物忘れ[#「物忘れ」に傍点]、それは
前へ 次へ
全29ページ中24ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
種田 山頭火 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング