た。
実感がなければ作らない[#「実感がなければ作らない」に傍点]、これが私の強味だ。
昼も夜もしづかに読書。
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   「のらくら手記[#「のらくら手記」に傍点]」素材
□忘年会とは面白い、忘の字が意味深長だ。
□世間を卒業してしまつてはかへつて面白くない、悟れば空々寂々、迷うてゐるからこそ、花も咲き鳥も啼く。……
□藪柑子[#「藪柑子」に傍点]! 何といふつつましさ、安分知足のすがた[#「安分知足のすがた」に傍点]だ。
□小器晩成[#「小器晩成」に傍点]、それが私だつた、やはり知命の五十代。
□炬燵と濁酒とうどんとカレーライス!
□思索、読書、句作、散歩。
□噛みしめた味[#「噛みしめた味」に傍点]、人生五十年の味、命を知り耳順ふところの味。
□性慾はなくなつた、食慾がなくなりつつある、つぎには何がなくなるか!
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「有句無句、「庵中独坐。

 十二月十三日[#「十二月十三日」に二重傍線] 晴、さすがにちつと冷たいが、とてもら[#「もら」に「マヽ」の注記]ゝかである。

鴉、ヒヨ、ツグミ、百舌鳥、頬白、目白、ヒタキ、ミソサザヱ、等々、小鳥のうたはほんたうにうれしい。
近来、食慾が減退して閉口してゐるが、今日の昼飯はうまかつた、一昨夜、駅前で食べたライスカレーのやうに、――といつて御馳走があつたのぢやない、あたゝかい白飯に玉葱の味噌汁、たゞそれだけ。
二三日中に敬坊が寄つてくれるといふので、心待ちに待つてゐるが今日は駄目だつた。
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   「のらくら手記[#「のらくら手記」に傍点]」素材
□鱚といふ魚は、ほんたうにキレイだ、海の鮎だ[#「海の鮎だ」に傍点]、夏から秋への魚として申分なし、焼いてよろしく、刺身にしてわるくない。
□香煎[#「香煎」に傍点]をすすりつつ追憶にふける。
□辛いものから甘いものへ、酒を飲まずにゐると、菓子や餅が食べたくなる。
□生きてゐることのよろこび、生を楽しむ[#「生を楽しむ」に傍点]。
□読書傾向の転移、老人の愛読書として。
□雑炊[#「雑炊」に傍点]といふものは。――
□雲丹について(歯がぬけた老人の負惜しみ)。
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 十二月十四日[#「十二月十四日」に二重傍線] 今日も好晴、毎日勿体ないやうなお天気。

太陽のめぐみ[#「太陽のめぐみ」に傍点]を浴びる、私の庵は日当りのよいことは一等だ、朝日がまともに昇る、家いつぱいの光だ。
食慾減退の気味、今日はうどん玉を買うてきて食べた、昨日は餅、明日はパンにしようか。
今春発病このかた、とかく身心がすぐれない、しかし此程度の衰弱ならば却つて私のためには好都合であらう。
私はあばれたがる、砕けていへば酒癖がよろしくない、銭もないのにはしご[#「はしご」に傍点]酒である、猫[#「猫」に白三角傍点]である癖に虎[#「虎」に白三角傍点]になりたがるのである、しかも猫は猫であつて虎ではない、野良猫は日向ぼつこでもしてゐればよいのに[#「野良猫は日向ぼつこでもしてゐればよいのに」に傍点]!
読んだり考へたり作つたりしてゐるうちに夜が明けてしまつた。
不眠にも困つたものだ。
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・冬夜さめてはおもひでの香煎をすゝります
 お粥のあたゝかさ味の素の一さじ二さじ
・噛みしめる味はひも抜けさうな歯で
・更けてひそかに竹の葉の鳴る
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 十二月十五日[#「十二月十五日」に二重傍線] 晴、朝のよろこび。

今年も押迫つて、あと半ヶ月となつた、庵には節季もなく、随つて正月もないのであるが、年の改まるを機として、生活のくぎり[#「生活のくぎり」に傍点]をつけなければならないものが、私にもないことはない。
駅売の声がきこえる、夜はことによくきこえる、その声の調子に朝鮮人らしいのがまじつてゐる。
日々の安楽[#「日々の安楽」に傍点]、それがまことの安楽であらう[#「それがまことの安楽であらう」に傍点]、物そのものの味[#「物そのものの味」に傍点]、それがほんたうの味であるやうに[#「それがほんたうの味であるやうに」に傍点]。
私の最大の失敗は不幸は結婚[#「結婚」に白三角傍点]であつた!
昨夜の不眠で身心がすぐれない。
待つ、郵便を、敬坊を待つ。
運動がてら街のポストまで、途中海老雑魚を買ふ、これで晩飯はおいしく食べられるだらう。
閑静かぎりなし。
今夜もうまく寝つかれない、ぬくとさがとう/\雨になつた。
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・枯草うごくと白い犬
・日ざしあたゝかな草の実の赤い
・さうぼうとしてゆふけむる月と人
・小春日和の幟立ててこの里はおまつり
・竹のよろしさは朝風のしづくしつつ
・あたたかくあるけば草の実く
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