がへりのゆふ闇ただよふ
 すつかり柿の葉は落ちて遠く灯つた
   病中さらに一句
・ひとり寝てゐるわらやしたしくしづくする(松)
 身のまはりかたづけてすわる私もよい人であらう
・柿をもぐ父と子とうへしたでよびかはし
・水たたへたればいちはやく櫨はもみづりて
・実ばかりの柿の木のなんとほがらかな空
・雑草みのつて枯れてゆくその中に住む
 めづらしく人のけはひは木の実ひらふこゑ
・やつと汲みあげる水の秋ふかく
・ひよいと手がでて木の実をつかんだ
 大根いつぽんぬいてきてたべてそれでおしまい

  (改作)
山あれば山を観る
雨の日は雨を聴く
春夏秋冬
物みなよろし
[#ここで字下げ終わり]

 十一月十五日[#「十一月十五日」に二重傍線] まことによいお天気、しつかり冷たくなつた。

日向で読書[#「日向で読書」に傍点]、もつたいないなあと思ふ。
酒――句――死、この三つが私の昨日までの生活を織り成してゐた。
――酒亦酒哉茶亦茶[#「酒亦酒哉茶亦茶」に傍点]――といふ語句が足利時代の酒茶論といふ本にあるさうな。
新菊第二回播種。
Sさん母子が乳母車を押して柿もぎに来た、柿は日本家庭的なものを持つ木の実である。
時計が米ともなり煙草ともなり酒ともなる、さても便利な世の中、重宝な時計である(今日は質入しないでぢつと我慢したが)。

 十一月十六日[#「十一月十六日」に二重傍線] まつたく雲がない――とは今朝の空だつた。

樹明君を学校に訪ねたが、乱酒のため憔悴した相貌を見るに堪へないで、早々別れて戻つた、あゝ。
△鰹節をけづりつつ、これを贈つてくれた友の温情を思ふ、そして感謝と懺悔と織り交ぜた気分になる。……
夕方、駅のポストまでいつてきたが、途中二度も三度も休まなければならなかつた、それほど私のからだは弱つてゐるのである、しかしその弱さが同時に心の平静を持続せしめてゐることも事実だ(私は猫である癖に虎になりたがるのだ、からだにアルコールがまはるとぢつとしてはゐられないのだ)。
△半身不随[#「半身不随」に傍点]ならば、どうかかうか生きてゆける、おとなしくつましい生活をつづけることが出来る、全身随意[#「全身随意」に傍点]ならば多分自[#「自」に傍点]※[#「滅」の「さんずい」に代えて「火」、192−7][#「※[#「滅」の「さんずい」に代えて「火」、192−7]」に「マヽ」の注記]するだらう、石火せめぐほどの自己闘争が身をも心をも焼きつくすだらう、そして全身不随となつたならば自殺[#「自殺」に傍点]あるのみである、それで自他共に助かるのである(これが私の覚悟の一面である)。
△性慾をなくした安けさ、アルコールが遠ざかりゆく静けさ(すこしは何となくさみしいな)。
夜はねむれないのでおそくまで読書。
牧句人句集「木の端集[#「木の端集」に傍点]」を読み直して、君の熱意と巧妙とにうたれた。
詩歌新人の「屋上の旗[#「屋上の旗」に傍点]」も興味を以て読んだ。
十月十日の月がさえ/″\とうつくしかつた。
[#ここから2字下げ]
 明けるより小鳥の挨拶でよいお天気で
・残された二つ三つが熟柿となる雲のゆきき
・時計を米にかへもう冬めくみちすぢ
   ―(こんな句もある)―
 ま夜中ふと覚めてかきをきかきなほす
[#ここで字下げ終わり]

 十一月十七日[#「十一月十七日」に二重傍線] 晴、曇、肌寒い。

あれやこれやとすればすることはいくらでもある、今日だつて、草取、窓張、洗濯。……
△友よ[#「友よ」に傍点]、私を買ひかぶる勿れ[#「私を買ひかぶる勿れ」に傍点]――と今日も私は私に向つて叫んだ、彼は私を買ひ被つてゐる、私に善意を持ちすぎてゐる、君は私の一面を見て他の一面を見ないやうにしてゐる、君は私の病所弱点缺陥を剔抉し指摘して、私を鞭撻しなければならない、私は買ひ被られてゐるに堪へない、私は君の笑顔よりも君の鞭を望んでゐる、――これは澄太君に対する私の抗議――といふ外あるまい――である。
△私がどんなに醜い夢を見るか、私が酔うた場合にどんなに愚劣であるか、私が或る日或る場合、或る事件或る人に対して、どんなに卑怯であり利己的であるか、――それをあなたは知らなければなりません、私はあなたに対して、あなたが私を正しく批判して下さることを熱望してゐるのです(これも澄太君に)。
山田酒店のSさんがやつてきて、しばらく話した。
終日就床、読書思索。
樹明遂に来らず、約束が守れないほど酔ひしれた彼でないことを祈る。
△慾望がうすらぐといふことが――具体的にいへば、性慾は勿論、酒も煙草もこらへられるし、三度の食事すらもあまり欲しくない――私をして事物――自然、人生、私自身――を正視直視[#「正視直視」に傍点]せしめる、生活意力の沈潜[#「生活意力の沈潜」
前へ 次へ
全29ページ中14ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
種田 山頭火 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング