に傍点]とでもいはうか。
△こゝにふたゝび私の身のふりかたについて書きそへておかう――
……私がもし健康ならば、私はとうていここには落ちついてゐないだらう、そして私がもし疾病にとりつかれるならば、私はおそらく自殺しなければなるまい、……私がもし病むでもなく病まぬでもなく、いはゆる元気[#「元気」に傍点]がなくなつて、ぼんやりした気分であるならば、私は多分ここに落ちついて、生きられるだけ生きるだらう。……
半病人の生活[#「半病人の生活」に傍点]、それが私には最もふさわしい、それがこゝに私に実現しつゝある! しかし果して私の運命はどんな姿で私の上にあらはれるか、私には解らない、誰も知るまい、それでよいのだ、それでよいのだ。
[#ここから2字下げ]
・ほほけすすきもそよがないゆふべの感傷が月
・或る予感、はだか木に百舌鳥のさけぶや
・灯のとゞく草の枯れてゐる
   Sよさようなら
・ああいへばかうなる朝がきて別れる
   (改作)石鴨荘
 草山のしたしさを鶯もなき
・月のあかるい水くんでおく
・窓からいつも見える木のいつかもみづれる月あかり
・月のひかりの、はだか木の、虫のなくや
・ひとりで朝からけぶらしてゐる、冬
・もう冬空の、忘れられてあるざくろの実
・糸瓜からから冬がきた
・おちついてゐる月夜雨降る
・月の落ちた山から鳴きだしたもの
[#ここで字下げ終わり]

 十一月十八日[#「十一月十八日」に二重傍線] 雨はれて曇、ぬくい日だ、また雨。

時計を質入れして食料品を買ふ、これで当分は餓えないですむ、ありがたい。
菜葉に麦飯、それで十分、それが私には最もふさわしいし、また最もうまいと思ふ。
午後、樹明来庵、玄米茶をのんで話す外なかつたけれど、明るい顔を見てうれしかつた、知足安分、この平凡事を君にすゝめる、すゝめなければならない。
△飲みたい酒を飲まないのではない(さういふ事は私には出来さうもない)、飲みたくないから飲まないのである(私はこれまで、いかにしば/\飲みたくない酒を飲んだか、飲まねばならなかつたか!)。まことにこれは自然的断酒[#「自然的断酒」に傍点]である。
△雑木雑草の秋色のよろしさ。
△枯れゆく草にふりそゝぐ雨の姿、声。
楢の葉がいつとなく黄ばんで、さら/\と鳴る。
小鳥が山から里ちかく出てきて囀づる。
△秋から冬へ――晩秋初冬は私の最も好きな季節であるが、庵もこの季節に於てそのよさを最もよくあらはす、清閑とは其中庵の今日此頃の風趣である。
こんなにからだぐあいが悪いのは、一生の酒[#「一生の酒」に傍点]を飲みすごしたからだらう。
△流転する永遠の相[#「流転する永遠の相」に傍点]、永遠が流転する相[#「永遠が流転する相」に傍点]。
私は身辺風景をうたふ、雑草を心ゆくばかりうたひたい。
今夜も不眠で、詮方なしに徹宵句作。
△いはゆる枯淡にはその奥がまだある、水のやうに流れるものは常に新らしい。
△「生死は仏の御命なり」何といふ尊い言葉であらう、生も死も去も来も仏のはたらき[#「仏のはたらき」に傍点]である、それは人間の真実である、人間の真実は仏作仏行である。
△生活の句とは[#「生活の句とは」に傍点]――
句は無論生活から遊離[#「遊離」に傍点]して作られたものであつてはならない、生活に即して、否、生活からにじみでた句[#「生活からにじみでた句」に傍点]でなければならない、生活の表皮や生活断片そのままの叙述は句ではない、日記の一節であり、感想の一端に過ぎない、生活そのものの直接表現[#「生活そのものの直接表現」に傍点]、自然現象を通して盛りあがる生活感情[#「自然現象を通して盛りあがる生活感情」に傍点]、そのどちらも生活の句[#「生活の句」に傍点]である。
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   質入して
・けふから時計を持たないゆふべがしぐれる
・ちよつとポストまで落ちる葉や落ちた葉や
   父子対面―飯塚に健を訪ねて―
・このみちまつすぐな、逢へるよろこびをいそぐ
・煤煙、騷音、坑口《マブ》からあがる姿を待つてゐる
・話しては食べるものの湯気たつ
・分けた髪もだまりがちな大人《オトナ》となつてくれたか
   (山田君の父となれるを賀して昌子嬢の誕生を祝して)
 パパとママとまんなかはベビちやんのベツド
 山々もみづるはじめて父となり
・けさは郵便も来ない風が出てきて葉をちらす
   病中
・食べるものはあつて食べられない寒い風ふく
 秋風の競売がちつともはづまない人数
   祖母追懐
・おもひではかなしい熟柿が落ちてつぶれた
   星城子君に
 その鰹節をけづりつつあなたのことを考へつつ
[#ここで字下げ終わり]

 十一月十九日[#「十一月十九日」に二重傍線] 晴、雨後のあざやかさ。

風が出てきた、風には何とも
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