ろしさ。
身心がすぐれないので近郊散歩に出かけたが、それも苦しくてすぐ帰つてきた、昼飯としてうどん玉を買うて。
○ひなたをあゆむ――ぢぢむさいけれど、私に残されためぐみの一つである。
○昨日来庵のTさんから、玄米茶と生玉子とを頂戴した、何よりの品、ありがたく賞味しませう。
夕ぐれは何となくさびしい、湯にでもはいらうか、ちよつと一杯やりたいな!
いのちがけで酒をのむやうな悪趣味は捨てゝしまへ。
○自己を愛するがゆえに一切を愛する、一切を愛するがゆえに自己を愛する、自己は個の個ではない、全の個[#「全の個」に傍点]である。
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   女学校運動会
・ひかりは空から少女《オトメ》らはおどる
・水にそうてくだれば草の枯れまさり
・あのみちのどこへゆくもみづる山こえて(雑)
 空ほがらかで樽屋さんいそがしい
   再録、長門峡二句
 鯉をよぶとや紅葉ちれとや手をたたく
 水たたへたればその枝もみづりたれば
   改作、信濃にて
 まこと山国の、山ばかりなる月の
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 十一月十三日[#「十一月十三日」に二重傍線]

曇、小雪でもちらつきさうな、――冷たい雨がふりだした。
○安分知足、楽清閑、楽在其中[#「楽在其中」に傍点]、まことに、その中にある楽しみが、ほんたうの楽である。
○句作生活二十年、そしてつく/″\思ふ、此道や門に入りやすくして堂にのぼりがたし[#「此道や門に入りやすくして堂にのぼりがたし」に傍点]、仏道のやうに。
○うたふもののよろこびは力いつぱいに自分の真実をうたふことである、あらねばならない。
私のうちには人の知らない矛盾があり、その苦悩がある、それだから私は生き残つてゐるのかも知れない、そして句が出来るのだらう。
また不眠で徹夜乱読。
◎俳句の将来についての一家言――
俳句は畢竟階級的なものではありえない、階級意識を高唱するには川柳的なものが出来るであらう、そして大衆的娯楽文芸として俳句は堕落すると共に、詩としても高[#「高」に「マヽ」の注記]上し純化するであらう、それが真の俳句であり、芸術家の芸術であり、純日本的なユニイクなものである。……
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   学生軍事教練
・ずうつと晴れてならんで旗の信号
・蓼のあかさも秋ふかいひなたの仕事
・木の葉のちればまたハガキかく
・考へつつ歩きつつふつと赤いのはからすうり
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 十一月十四日[#「十一月十四日」に二重傍線]

好晴、身辺整理。
私の心は今日の大空のやうに澄みわたる、そしてをり/\木の葉を散らす風が吹くやうに、私の心も動いて流れる。
うれしいたよりがいろ/\きた。
酒屋の店員Sさんが来て話して帰る。
絶対的境地には自他もなければ善悪もない、第一義的立場に於ては俳句も短歌もない、詩が在るのみだ、たゞ実際の問題として、作者の素質傾向才能によつて、俳句的表現があり短歌的表現がある。
私はほんとに幸福だ、しんみりとしづかなよろこびを味ふ。
酒はかならずあたためてしづかにすするべし[#「酒はかならずあたためてしづかにすするべし」に傍点]。
○芸術的飛躍[#「芸術的飛躍」に傍点]、それは宗教的飛躍と通ずるものがある、その飛躍が私にもやつてきてくれた!
私はとかく普通の世間人から undervalue せられるやうに、いはゆるインテリには overvalue されがちである、人は――私は買被られるよりも見下げられる心易さをよろこぶ。
――死ぬる時には死ぬるがよろしく候、と良寛和尚は或る人への手紙の中に書いてゐる、私はそれを思ひ出す毎に、私の修養の到らないのを恥ぢないではゐられない、私はかうしかいへない、――殺すべき[#「べき」に傍点]時には殺すがよろしく候、――このべく[#「べく」に傍点]がいけない、それは嘘ではないけれど、小主観の言葉だ、自殺、自決、自裁といふやうなことを考へないで、さういふ独善的な潔癖を抛擲して、死ぬるまで死なないでゐる、生きられるだけ生きたい、生も死も忘却して是非を超越した心境にまで磨きあげなければならないと思ふ。
酒と句と、句と酒と。……
○私は遂に木の実をほんたうに味はひ得なかつた、もう歯がぬけてなくなつてしまつた、どうすることも出来ない、もつとも、耳で[#「耳で」に傍点]、眼で[#「眼で」に傍点]、手で木の実を味ふ[#「手で木の実を味ふ」に傍点]ことは出来るけれど。……
夜は斎藤さんから今朝頂戴した『はてしなく歩む』に読みふけつた、私は当然必然、今春の私の旅、そして来春の私の旅を考へながら。
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・落葉ふかく水くめば水の澄みやう(雑)
・雨の落葉の足音は郵便やさんか
   病中
・寝たり起きたり落葉する(松)
・煮えるにほひの、焼けるにほひの、野良
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