・熟柿日和で山の鴉が出てきてさわぐ
あつ子嬢新婚
ほんに晴れわたり木の葉のとぶことも
改作
・ここを死に場所とし草はしげるままに
[#ここで字下げ終わり]
十一月八日[#「十一月八日」に二重傍線][#「十一月八日[#「十一月八日」に二重傍線]」はママ]
日本晴、それから――万事如件。
○光の句[#「光の句」に傍点]、力の句[#「力の句」に傍点]。
現実を直視せよ、生活を強化せよ。
各人各人からのたより、それ/″\にうれし、緑平老のそれはことにうれしかつた。
今日はトンビを着て油買ひに。
紙の中に油虫の巣窟を偶然見つけた、幼虫数百、すぐ掃き捨てたが、ぞつとした。
過去を忘れよ、過去の残影[#「過去の残影」に傍点]を捨てよ。
私も苦労性だわい、私が帰庵の手紙をだしたのに健からは何ともいつてこないので何となく気にかかる、これも親心のあらはれか、ああ。
○理窟と作家[#「理窟と作家」に傍点]、緑平の一面。
理窟を持たない人[#「理窟を持たない人」に傍点]は尊い。
鍋が一つ、それでも事足りる。
抜ける歯は抜けるまゝにしておく。
かきをきを書きかへておかう。
日暮に樹明来庵、久しぶりな会飲だつた、酒はキレイ、肴はハム、客は樹明、だから酔うてぶらつくこと例の如し。
やつと帰庵、彼氏も泊る、とんだ宿直[#「宿直」に傍点]なり。
○酔うていよ/\老衰を感ず。
[#ここから2字下げ]
・雑草も声ありてしぐれ
・病めば梅干のあかさ
・誰にもあはないとうがらし赤うなる
・かうまでからだがおとろへた草のたけ
・すつかり葉をおとしてしまつた柿の木へ旅から戻つた
・ほつと入日のさすところ草の実
・やうやくおちつけて茶の花や
[#ここで字下げ終わり]
十一月十日[#「十一月十日」に二重傍線]
晴、二日酔の気味、恥づべし。
小鳥の来ては啼く日なり。
○余生を楽しむ――私の場合では私に徹することだ。
○与へる何物も持たない私はせめて何物をも奪はない生活を持しなければならない、他を妨げ物を害する行動を捨てなければならない。
昨日の酔中散歩は醜くかつたが、いや悪かつたが、それによつて積日の沈欝が払ひ除かれたのはよかつた。
「雑草」所載の「正信偈一巻」を読んで白船老におそひかゝつた不幸を悲しむ、希くはこの不幸が最初の、そして最後のものであれ。
勉強、勉強、勉強しよう、私はあんまりなまけてゐた。
ヱキのポストまで、――やつと行つてきた。
○ありのままに一切を観る[#「ありのままに一切を観る」に傍点]。
○与へられるものを与へられるままに受入[#「与へられるものを与へられるままに受入」に傍点]け[#「け」に「マヽ」の注記]る[#「る」に傍点]、それを咀嚼し消化し消化する生活。
○いつもそく/\として身にせまるもの[#「いつもそく/\として身にせまるもの」に傍点]、それは流転のすがただ。
○自己省察がアヤフヤだ、だから現実把握もアヤフヤだ。
あまりにしづかな、しづかすぎてやりきれないほどのゆふべだつた。
終日終夜読書。
[#ここから2字下げ]
・こゝに枯れたるこの木の冬となる(庵の枇杷樹)
・大根漬けてから長い手紙を書く
・ひなたはあたゝかくやがて死ぬる虫
いつとなく草枯れて家が建ち子が泣いてゐる
お寺の鐘が鳴りだしました蔦紅葉
病めるからだをあるかせてゐるよ草の実よ
虫なくや咳がやまない
なんだか人なつかしい草はみのつてゐるみち
あまりひつそりして死相など考へては
[#ここで字下げ終わり]
十一月十一日[#「十一月十一日」に二重傍線]
のどかな晴れ、小鳥が山から出て遊ぶ。
朝、樹明来庵、昨夜の残りの酒を飲む。
お茶漬さら/\、樹明おくるところの辛子漬で。
ぬけさうでぬけなかつた歯がぬけた、ほつとしたさびしさを味ふ、もう堅いものは食べられない、食べものの味がなくなつた、噛まなければ、噛みしめなければ物の味は出てこない、幸にして酒は液体、そして別物だ、流動のなかに酒のうまさはある。……
午後散歩、折から女学校の運動会、ちよつと見物、ぶら/\帰つてくると、女客が二人、縁に腰かけて待つてゐられた、TさんSさんといふ、何も話すことはないので、私の心境について話した。
[#ここから2字下げ]
・山のぬくさはりんだうひらく
酒を買ふとて踏んでゆく落葉鳴ります
・藪のむかうまで夕日のつばふ[#「ばふ」に「マヽ」の注記]き
・なんぼう考へてもおんなじことの落葉をあるく
・そこに夕月をおき枇杷は花もつ(雑)
・冬夜むきあへるをとことをんなの存在
・木の葉ふるところ眼をとぢるとき
[#ここで字下げ終わり]
十一月十二日[#「十一月十二日」に二重傍線]
まことに日本晴、あまり晴れすぎたからか、夕方から曇。
秋のよろしさ、田園のよろしさ、独居のよ
前へ
次へ
全29ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
種田 山頭火 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング