ら、泥、泥、泥だつた、泥のやうに酔うて泥の中を這ひまはつた。
[#ここから2字下げ]
・百舌鳥のするどくその葉のちるや
   老祖母追憶
・熟柿のあまさもおばあさんのおもかげ
 南天の実のいろづくもうそさむい朝
・空はゆたかな柿のうれたる風のいろ
[#ここで字下げ終わり]

 十月九日[#「十月九日」に二重傍線]

酒、酒、そして酒だ。
面白くないから飲む、飲めばきつと飲みすぎる、いよいよ面白くないから、ますます飲む、――これを循環的に繰り返して転々するから、末は自殺しかない(その自殺はほがらかな自殺[#「ほがらかな自殺」に傍点]であらうが)。
現在の私に望ましいものがあるとするならば、それはころり徃生[#「ころり徃生」に傍点]だ。

 十月十日[#「十月十日」に二重傍線]

終日一人楽清閑。
禅海君が一年ぶりに来庵したけれど、彼に好意を持たない私は好意の示しようがない、彼も私の心持を察して、四国へ渡るといつて、別れていつた。
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   自然[#「自」と「然」の間に白三角傍点]はう[#「は」と「う」の間に白三角傍点]たふ[#「た」と「ふ」の間に白三角傍点]
自然のリズム。
自然の相《スガタ》。
人生の真実。
現実のうごき。
[#ここで字下げ終わり]

 十月十一日[#「十月十一日」に二重傍線]

晴、何が何やら解らないけれど面白い、同時に面白くない、やつぱり何が何やら解らないのだ。
公益質屋へ行つて利子だけ払ふ、今日此頃の質屋風景は秋らしい。

 十月十二日[#「十月十二日」に二重傍線]

秋晴、風がふいては雨。
○あかるいさみしさ[#「あかるいさみしさ」に傍点]だ、すなほな死[#「すなほな死」に傍点]であれ。
樹明君が何[#「何」に「マヽ」の注記]のついでに立ち寄ち[#「ち」に「マヽ」の注記]て熟柿を食べる、私も勧められて食べる、うまい/\、あまい/\。
○熟柿――木の実のあまさは自然のあまさだ。
○熟柿と日本の老人(老祖母追憶)
○みぞそばがうつくしい花を咲かせはじめた。
○四十惑うて五十更に惑ふ、六十尚ほ惑ふだらう。

 十月十三日[#「十月十三日」に二重傍線]

まことに秋晴、散歩日和、運動会日和だ。
朝は水の冷たさを感じる。
○存在の世界[#「存在の世界」に傍点]、在るところのもの[#「在るところのもの」に傍点]。
アキラメでない、サトリでない、マコトである。
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┌──────────────────────┐
│近在散歩、                 │
│  どこへゆくか、いつもどるか、わかりません│
└──────────────────────┘
[#ここで字下げ終わり]
かう書き残して置いて歩く、時計をまげて一杯やる、そして自動車に乗り込んでしまつた。
大田の町へ運ばれた、そして伊東君のお客となつた、酔ふた、眠つた。

 十月十四日[#「十月十四日」に二重傍線]

曇、大田の伊東君の家庭の中にゐた。
身心がすぐれないので、早々帰庵。
衰へたるかな、山頭火!
米がない、銭もない、麦はある、それを炊いて食べる、これがホントウの麦飯だ、あまりうまくはないな。
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 枯草あたたかう犬は戻つてきてゐる(Sよ)
 こころむなしく日向をあるく
・もいではすする熟柿のぬくとさは
・空のふかさへ変電所の直角形(改作)
・あかるくするどく百舌鳥はてつぺんに
[#ここで字下げ終わり]

 十月十五日[#「十月十五日」に二重傍線]

曇、時々雨となる。
○明るい空しさ[#「明るい空しさ」に傍点]――これが今日此頃の私の気分。
○貧閑[#「貧閑」に傍点]――まことにしづかで、ほんたうにさみしい。
Sがまたやつてきてゐるけれど、与へる物がない。

 十月十六日[#「十月十六日」に二重傍線]

曇、そして雨、百舌鳥がやたらに啼く。
うれしい手紙、それは未見の新らしい友から。
やうやくにして酒と飯とにありついた。
樹明君からも白米のお布施。
夕方、君はさらに酒と魚とを持つて来庵、それから、私はまた恥づかしい私となつた。

 十月十七日[#「十月十七日」に二重傍線]

雨、やがて晴、ほがらかな憂欝[#「ほがらかな憂欝」に傍点]とでもいはうか。
樹明君やつてきたがすぐかへる。
[#ここから2字下げ]
・みごもつてよろめいてこほろぎのいのち
・日向ぼつこはなごやかな木の葉ちつてくる
・ゆふかぜのお地蔵さまのおててに木の実
・日かげいつか月かげとなり木かげ
 空が風が秋ふかうなる変電所の直角形(改作)
[#ここで字下げ終わり]

 十月十八日[#「十月十八日」に二重傍線]

晴、自省あるのみである、苦しめるだけ苦しめ。

 十月十九日

晴、徹夜展転反側。――
三日間まつたく門外不
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