時に起きる、おさんはつらいね!
今日も秋雨、わるくないけれど、すこしくどいね。
○麦飯のききめ、驚くべきものがある。
○尊ぶ[#「尊ぶ」に傍点]と惜しむ[#「惜しむ」に傍点]とは違ふ、もつたいないもいやしいから[#「もつたいないもいやしいから」に傍点]、とと[#「と」に「マヽ」の注記]諺が意味ふかい。
○コク[#「コク」に傍点]とアク[#「アク」に傍点]、この差違も考へなければならない、コクは物そのものの味はひであるが、アクは残滓的遺物だ。
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不眠と不昧と、そして転向。
[#ここで字下げ終わり]
○茶の花が咲きだした、茶の木に茶の花[#「茶の木に茶の花」に傍点]。
○音[#「音」に傍点]と声[#「声」に傍点]、陰影――濃淡、明暗、強弱。
○酔ひたい酒は呪ふべし、味ふ酒は讃ふべし。
秋がふかうなる――ソデナシを着てゐてもうそ寒い――雨が落葉をたゝいて虫がないてゐる。――
ヒマはありすぎるほどあるのに余裕[#「余裕」に傍点]がないとは!
酔つぱらつてどろ/\、樹明君も酔つぱらつてどろ/\になつてきた。……
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・死にたい草の枯れようとして
・秋蝿、それを打ち殺すのか
・御飯のしろさぬくさが手から手へ
・めい/\のこと考へてゐる灰皿をまんなかに
・ゆふべいろづいた柿がおちさうな
・なんとなくなつかしいもののかげが月あかり
・さみしさのやりどころない柿の落ちる
・郵便やさんたより持つてきて熟柿たべてゆく
[#ここで字下げ終わり]
十月四日[#「十月四日」に二重傍線]
晴、泥を洗ふ、曇、洗つても落ちない泥だ。
街へ出ていつたSがよろ/\とかへつてきた、うたれたのか、悪いものでも食べたのか、――それは私自身の姿でもあつた、みじめでやりきれない。
敬君来庵、Sを連れていつてくれた。
アルコールはありがたいかな、ぐつすりねむれた。
十月五日[#「十月五日」に二重傍線]
機縁が熟した、ぐうたらな、でたらめな生活よ、さようならだ、昨日と今日との間には截然として一線が劃された、私の心境はおのづからとけて、すなほにあふれて、あたゝかく澄んでゐる。……
○しづかなよろこび[#「しづかなよろこび」に傍点]、それはいづみあふれる水のやうな、奇蹟的に、昨日までの不平、焦燥も未練も憂欝も解消してしまつた、明るく澄んで、温かく冴えた境地へ到達してゐる。
日暮に樹明来庵、酒と下物とを持つて。
何とおちついた酒と会談だつたらう。
そしてまた何とよいねむりだつたらう。
夜ふけてSがひよろりとやつて来た、食べものをあるだけ与へると、ぺろりと食べて、そこらへごろりと寝てしまつた、彼はいぢらしい犬だ、どうも不幸な犬らしい。
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・けさから旅の草鞋はく蕎麦の花が白く
・夜あけ米とぐみぞそばのさいてゐるところ
・秋雨の汽車のけむりがしいろいひゞき
・てふてふひらりと萩をくぐつて青空へ
・うらからきてくれて草の実だらけ(樹明に)
・たまたま人がくると熟柿をもぐと
・風の日を犬とゐて犬の表情
[#ここで字下げ終わり]
十月六日[#「十月六日」に二重傍線]
曇、ぢつと落ちついてゐて、さて、さびしくないことはないが。
肌寒い、蕎麦の花が白い。
身辺整理、むしろ身心整理。
夜、樹明来庵、泥酔してゐる、蒲団を敷いて寝かせる、かうまで酔はなければならと[#「らと」に「マヽ」の注記]は不幸だ。
十月七日[#「十月七日」に二重傍線]
晴、百舌鳥の鳴声が鋭い、秋風らしく吹く。
豊饒の秋! 山には山の幸、野には野の幸、庵には庵の幸がある。
すすき尾花がうつくしい。
午後、樹明君がまたやつてきて、飯をたべて、ぐう/\と寝て、さびしさうに帰つていつた。
文字通りに、三日間の門外不出だ、ちよつとポストまで出かけたいのだが、風がふくのでやめる。
寝たり起きたり、読んだり考へたり。――
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・生きものみんな日向へ出てゐて秋風
・寝床へ日がさす柿の葉や萱の穂や
・何か足らないものがある落葉する
・やつと郵便がきてそれから熟柿がおちるだけ
[#ここで字下げ終わり]
十月八日[#「十月八日」に二重傍線]
晴、風。
朝、Oさんから採つたばかりの松茸を貰ふ。
四日ぶりに街のポストへ、そして三日ぶりにコツプ酒一杯、そして心臓がいかに弱くなつてゐるかが解る。
石蕗がもう咲いてゐたので床の壺に活ける。
○雑草はみなよろしい、好きである。
凡山凡水、凡人凡境、それでけつかうです。
松茸一本焼いて麦飯三杯、おいしい昼餉だつた。
例の洋服を質入して、マイナスを払ひ、酒を借る。
入浴、何日ぶりか忘れたほど久しぶりだつた。
樹明君を招待する、いそがしい会合だつたが愉快だつた。
よいさけ、よいちり、よいよいよいとなあ。
それか
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