訪、ちり[#「ちり」に傍点]で一杯やる、松茸は初物なり、そしていつ食べてもうまい。
高木断食寮の研究生、中村幸治さんといふ青年来庵、長期断食をしたいが泊めてくれぬかとの事、私はSがゐてさへ神経にさはる位だからと断る。
彼は断食、私は絶食!
樹明君は風邪気味で夕方まで寝た、そしておとなしく帰宅、私はねむれないのでおそくまで漫読。
樹明君についていつたSがいつまでも戻つてこない、それがまた私の気分をみだす。……
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   追加一句 津島にて
・おわかれの、水鳥がういたりしづんだり
   改作二句
・つく/\ぼうしあまりにちかくつく/\ぼうし
・月へゆれつつバスガールのうたひつつ
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 九月廿九日[#「九月廿九日」に二重傍線]

曇、晴れて秋空のよろしさ。
過去一切を清算して、新一歩を踏み出さなければならない、私はもう行乞する意力も体力もなくしてしまつたから、行乞を行商にふりかへて、改めて歩くより外ない。
Sは昨夜はとう/\戻つて来なかつた、多分、樹明君に踉いて行つたのだらうとは思ふけれど気にかゝる、午後になつたら、学校へ出かけようと心配してゐるところへ、給仕さんが、樹明君からの手紙を持つて、Sを連れて来てくれた、よかつた/\。
大田へ来てくれといふ電話ださうなが、行きたいけれど、いつもの金缺で行けさうもない、残念々々。
近在散歩、お伴はS、秋の雑草を貰つて帰る、苅萱、コスモス、河原蓼、等々、やつぱり苅萱がいちばん好きだ。
今夜はまた不眠で困つた、夜が長かつた。
油虫ものろ/\となつた、それを打ち殺す残忍さ。
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・昼も虫なく咲きこぼれたる萩なれば
・風がふく障子をしめて犬とふたり
・ここへも恋猫のきてさわぐか闇夜
・ゆれては萩の、ふしては萩のこぼるゝ花
・みごもつてこほろぎはよろめく
・どうでもかうでも旅へ出る茶の花の咲く
・朝は早い糸瓜のしづくするなどは
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 九月三十日[#「九月三十日」に二重傍線]

霧雨、午後は晴。
武二君から返信、さらに返信を書く――
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……失礼ながら打明けていへば、私は過去及現在の生活が続くならば、続けなければならないやうならば、私は自殺でもする外ないのです。
……行商は労働です、お言葉の通りです、そして行乞も労働です、もつと労働です、ただ筋肉労働として行乞しなければ現代の情勢では食つてゆけないのです。
すべてが生存――生活とはいへませんね――のあえぎです、私が行乞を行商にふりかへようとするのも、封建的遺習乃至資本主義社会の崩壊過程を暗示してゐますね。……
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Sも自分を持てあまして、あちらへごろり、こちらへごろりしてゐる、私は自分をもSをも持てあましてゐる。
今日から麦飯[#「今日から麦飯」に傍点]、それは経済的でなくて保健的意義からである、食べすぎる[#「食べすぎる」に傍点]、うまいものを食べたがる[#「うまいものを食べたがる」に傍点]、――それがいけない、弊□は不足から来ないで十分以上から来る。
どうしても眠れない、頭脳が痛む、ああ。

 十月一日[#「十月一日」に二重傍線]

曇、晴れて秋、そして秋風秋雨。
柿買爺さんがやつてきていろ/\話す。
○「質よりも量」から「量よりも質」へ転向しつつある私、それは自然であり真実だ。
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『私はうたふ』
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 十月二日[#「十月二日」に二重傍線]

肌寒くなつた、昨夜はよく眠れた、有難かつた。
今朝もSの卑怯な態度に腹が立つた、そしてすぐまた、あはれみいたはるのだつた。
方々から色々のたより、しみ/″\ありがたいと思ふ、とりわけてKのはかなしくもうれしい手紙[#「かなしくもうれしい手紙」に傍点]だつた!
断ちがたい執着、捨てきれない煩悩、愛憎好悪のいづれもの人生の姿であり人間の力ではないか。
払ふ、払へるだけ、そして買ふ、買へるだけ。
Sはぢやれる、私はふさぐ、犬と人とは。――
私の好きな、そして其中庵にふさわしい茶の花がもう咲きだしました、私は旅のおもひでにふけります、そして旅へ出たい、出なければならないと思ひます。
さびしさうな、かなしさうでもあるSを見よ、やりきれないではないか!
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・おもてもうらもやたらに糸瓜がむだばなつけて
・なつめはみんなうれておちて秋空
・つるべしたたるぽつちり咲いてゐるげんのしようこ
・秋の雨ふるサイレンのリズム
・藪風、逢ひたうてならない
・別れて遠い顔がほろ/\落葉して
・質のいれかへも秋ふかうなつた
・柿の木のむかうから月が柿の木のうへ
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 十月三日[#「十月三日」に二重傍線]

三時に眼が覚めて四
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