│ ゆふべもよろし    │
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 十一月廿六日[#「十一月廿六日」に二重傍線] 曇、雨。

二時間も睡つたらうか、眼が覚めたのですぐ起きる、六時のサイレンが鳴つて、やうやく明るくなつた。
樹明君がふら/\しながら帰つて行く、その後姿を見送りながら、家庭といふもの、職業といふもの、酒と人生といふやうなものについて考へるともなく考へる、……私は不思議にしやん[#「しやん」に傍点]としてゐる。
樹が雫する、屋根が雫する、……庵はまたいつものしづけさにかへる、草の葉の濡れた色、国道を走る自動車の音、……しづかなるかな。
柚子味噌をこしらへる、去年の事を思ひだす、酔うて柚子釜を黒焦げにして井師に笑はれたが。
終日就床、読書反省。
しよう/\としてふりそゝぐ雨、その音はわびしすぎる。
あれだけ食べて、あれだけ飲んだ昨日の今日だから、さすがに胃の工合がよろしくない、自業自得、ぢつとしてゐる外ない。
昨日の麦飯をあたためて食べる、昨日の御馳走はむろんうまかつた、今日のぬくめ飯もありがたい。
△自己を欺く勿れ[#「自己を欺く勿れ」に傍点]、――自分に嘘をいはせな生[#「な生」に「マヽ」の注記]活、酒を愛し、酒を味はひ、酒を楽しむことは悪くないが、酒に溺れ、酒に淫することは許されない。
だらしなく飲みまはるくだらなさ!
△私が生かされてゐる恩寵[#「生かされてゐる恩寵」に傍点]を知つてゐるかぎり、私はそれに対して報謝の行動をしなければならないではないか。
△こゝにかうして寝てゐる私にも時代の風波[#「時代の風波」に傍点]はひし/\と押し寄せてくる、私は私があまりに退嬰的隠遁的[#「退嬰的隠遁的」に傍点]であることを恥ぢる、時としてはぢつとしてゐるに堪へないことがある、そして……あゝ。……
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   「酒と生活と貧乏」
私が若し破産しなかつたら、貧乏にならなかつたら、そして酒が安から[#「ら」に「マヽ」の注記]たら――
私は今日まで生き伸びてゐなかつたらう、そして酒の味も解らなかつたらうし、句も作れなかつたらうし、仏道にも入らなかつたらう。
幸不幸はもののうらおもて[#「もののうらおもて」に傍点]である、何が幸福で、何が不幸であるか、よいかわるいか、ほんたうかうそかは、なか/\に知り難い。
   小春日――(雑
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