つた、はだしであるいて。
ひそかに心配してゐたSはおとなしく留守番をしてゐた(最初はやりきれないらしかつたと見えて、座敷の障子をつきやぶつて室内にとびこんだらしい、その障子のやぶれも何となく微笑ましいものだつたが)、彼にも食べさせ、私も食べた。
○何といふおとなしい犬だらう、上品で無口で、人懐かしい、犬小屋は樹明君がいつか持つてきた兎箱、二つに仕切つてあるから一つは寝室で、一つは食堂、そこには碗一個と古筵一枚、――それで万事OKだ!
水音がどこかにある、虫の声が流れるやうだ、溢れてこぼれるやうだ、寝覚はさびしい、しかしわるくない。
○物の音[#「音」に傍点]が声[#「声」に傍点]に、そして物のかたち[#「かたち」に傍点]がすがた[#「すがた」に傍点]にならなければウソだ、それがホントウの存在の世界[#「存在の世界」に傍点]だ。
○酔ひたい、うまいものがたべたい、――呪はれてあれ。
[#ここから2字下げ]
 水のながるるに葦の花さく
・てふてふとべばそこここ残る花はある
・あひびきは秋暑い街が長く
・あすはおまつりの蓮をほるぬくいくもり
・掃きよせて焚くけむりしづかなるかな
・はれたりふつたりあひたうていそぐ
・まよふたみちで、もう秋季収穫《アキ》がはじまつてゐる音
・出来秋ぬれてはたらく
・夜あけの雨が柿をおとして晴れました
・十字街はバスが人間がさん/\な秋雨
・濡れて越える秋山のうつくしさよ
・ぬれてきてくみあげる水や秋のいろ
 はだしであるく花草のもう枯れそめて
・ヱスもひとりで風をみてゐるか
・秋雨の夜がふける犬に話しかける
[#ここで字下げ終わり]

 九月二十日

雨、うんざりする雨だ、終日読書。
朝酒があつた、やゝよろしい。
○昨日の出来事が遠い昔の夢のやうな!
街のポストまでちよつと出掛ける、ヱスがついてくる。
降る降る、どしやぶりだ。
いそぎの手紙を四本書いた、行乞から行商へかはるについての問合だ、それを持つてまた郵便局へ、むろんヱスはついてきた、そして途中その姿を見失つてしまつた、仕方がないからそのまゝ戻る、多分ひとりでかへつてくると信じて、――果して彼女は帰つてきた、彼女もうれしがつてゐる、私もうれしかつた。
ヱスはほんたうにおとなしい犬だ。
夕暮から暴風雨となつた、風は何よりも淋しい。

 九月廿一日[#「九月廿一日」に二重傍線]

やうやく
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