風雨がおさまつて晴れてきた。
菜園手入、ホウレン草と新菊とを播きつけた、これで播きたいものだけは播いた、大根、蕪、菜はもう芽生えてゐる、風で倒された蕃椒や茄子をおこしてやる。
嵐の跡、野分の名残も寂しいものである。
街のポストへ、酒屋で一杯ひつかけて、新聞を読んでゐる間に、ついてきたSが見えなくなつた、生き物は厄介だな、探しても見当らないから戻る、Sよ、早く戻つてこい。
大根一本四銭は高いな、田舎味噌百匁八銭。
あれこれ、そそくさして夜が明け日が暮れる。――
昨日もさうだつた、今日もさうだ、明日もさうだらう。……
背広をきて、ステツキをついて、犬をつれて、山頭火も歩いたらどうです!
庵の周囲は曼珠沙華の花ざかり、毒々しい花だけれど、捨てがたい野性味がある、人がかへりみないだけ私は心をひかれる。
うすら寒い、ソデナシをきて頭巾をかぶつて、さて――
だいぶおそくなつてSが戻つてきた、何だかすまなさうにしよんぼりしてゐる、飯を与へると、いそいで食べて、ぐつたりと寝てしまつた、やれ/\これで私は安心。
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・けさの水音の、ゆふべがおもひだされる雨
・サイレン鳴れば犬がほえる秋雨
 嵐のかげのしろ/″\と韮の花
・日向ごろりとヱスもわたしも秋草に
・あらしのあとの水音が身のまはり
・月へ汲みあげる水のあかるさ
・月のさやけさ酒は身ぬちをめぐる
・月が酒が私ひとりの秋かよ
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 九月廿二日[#「九月廿二日」に二重傍線]

秋日和、天高く雲遊ぶ、身心不調、沈欝せんすべなし。
Sを連れて近郊散歩、彼は私よりもさびしがりやだ、途中でまた行方不明になつてしまつた、何しろ誘惑物が多いから、田舎者の彼はきよろ/\して、ちつとも落ちついてゐない、……どうしても見つからない、困つたことになつた、……夕方また街へ出かけて探したが駄目だつたので、がつかりして帰庵、……と、彼はけろりとして戻つてきて、がつ/\飯を食べてゐる。……
ふけるほどよい月になつた、よくねむれた。
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・秋風の腹たててゐるかまきりで(再録)
・かまきりよいつ秋のいろがはりした
・糸瓜ゆつたりと朝のしづくしてゐる
・重荷を負うて盲目である
・家いつぱいの朝日がうらの藪までも
・風に眼ざめてよりそふ犬の表情で
・這うてきたのはこうろぎでぢつとしてゐる
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