七月廿四日[#「七月廿四日」に二重傍線]

雨、万物がうるほうてゐる、だん/\晴れて暑くなつた。
たよりいろ/\、とりわけて緑平老の手紙はいつもうれしい。
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草にてふてふがきてあそぶ其中一人
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△白い蝶に黄ろい蝶がまじつてゐる。
樹明君から来信、お客はどんな都合かといふ、中原さんも伊東さんも、どうしたのかやつてこない、腹を立ててはならないとは思ふけれどやつぱり腹が立つてしようがない。……
△裏山でもうつく/\ぼうしが鳴きはじめた。
夏の夜の散歩はよいね、方々で夏祭。
めづらしい熟睡快眠だつた。
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・山のすがたが三十五年の夢(山口にて)
・ここで死にたい萱の穂の散りてはとぶ
・山あをあをと死んでゆく
・みんな死んでしまうことの水音
・ぽとりと青柿が炎天の音
・しがないくらしの、草がやたらにしげります
・夏の夜あるけばいつか人ごみの中
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 七月廿五日[#「七月廿五日」に二重傍線]

曇、少雨、まるで梅雨のやうな土用である。
緑平老から大泉[#「大泉」に傍点]到来、これはまたよい雑誌だ、井師としみ/″\話すやうな気がする、心がぴたりと心に触れる。
※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]木と移植、昨年の桐はついたが、今年のは三本とも枯れた、莱[#「莱」に「マヽ」の注記]竹桃はうまく根ついた、白木槿が根ついてくれるとほんとうにうれしいのだが。
蠅と蚊と油虫と、彼等は毎日私を考へさせる!
△いつみても、なんぼうみてもあかない雑草、みればみるほどよい雑草、私を[#「を」に「マヽ」の注記]雑草をうたはずにはゐられない。
△わたくしごゝろと個性とは別物だ、私心がなくして[#「私心がなくして」に傍点]、そこで個性が発揮される[#「そこで個性が発揮される」に傍点]のである。
△蜩が鳴いた、しつかり鳴いてくれ。
△生活の糧となる[#「となる」に傍点]仕事、糧にする[#「にする」に傍点]仕事ではない。
△宗教的真理の芸術的表現[#「宗教的真理の芸術的表現」に傍点]、それが私の仕事だ。
△自然(生活もその一部分)――律動《リズム》――俳句的詠出。
△生活に即する[#「生活に即する」に傍点]といふことは生活の奴隷となることではない。
一時頃、樹明来庵、例の如くお辨当を食べ、そしてお昼寝だ、昼寝から覚めてさかんに悪口をいふ、やつてこないお客さんに向つて、――とう/\たまらなくなつて、街へ出て一杯やる。
よく食べてよく飲んだ、よく戻つてよく寝た。
酔うて乱れない樹明[#「酔うて乱れない樹明」に傍点]を見出したことが何よりもうれしかつた。
山頭火は酔うて朗らかだつた。
△去年は蒲団を飲み、今年は風呂を食べた。……
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・けふ咲きだした糸瓜が一つあすは二つで
・うまくだまされたが、月がのぼつた(敬君に)
・蠅はうごかない蠅たたきのしたで
・いつしよに昼寝さめてかなかな(樹君に)
・待つても待つても来ない糸瓜の花もしぼんでしまつた(礼、敬、二君に)
・けさも雨ふる鏡をぬぐふ
・月夜、飲んでも酔はない二人であるく(樹君に)

   日記といふもの

   改作再録
・ゆふなぎしめやかにとんでゐるてふねてゐるてふ
・病みて寝てまことに信濃は山ばかり
・ちんぽこもおそそもあふれる湯かな(千人風呂)

山があれば山を観る
雨のふる日は雨を聴く
春、夏、秋、冬
受用しつくさない
花開時蝶来
蝶来時花開



(善導大師の言葉)
従仏逍遙帰自然、自然即是弥陀国
「百花春到為誰開」
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底本:「山頭火全集 第六巻」春陽堂書店
   1987(昭和62)年1月25日第1刷発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:小林繁雄
校正:仙酔ゑびす
2009年7月15日作成
青空文庫作成ファイル:
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