後、樹明君来庵、酒と肉とを持つて、――もう酒が飲めるのだからありがたい。
樹明君を送つてそこらまで、何と赤い月がのぼつた。
蛙のコーラス、しづかな一人としてゆうぜんと月を観る。
今夜はすこし寝苦しかつた、歩きすぎたからだらう、飲みすぎたからでもあらうよ。
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・いかにぺんぺん草のひよろながく実をむすんだ
・藪かげ藪蘭のひらいてはしぼみ
みんな去んでしまへば赤い月
改作二句
乞ひあるく道がつゞいて春めいてきた
藪かげほつと藪蘭の咲いてゐた
木の実ころころつながれてゐる犬へ
まんぢゆう、ふるさとから子が持つてきてくれた
雑草やはつらつとして踏みわける
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五月一日[#「五月一日」に二重傍線]
早く起きた、うす寒い、鐘の音、小鳥の唄、すが/\しくてせい/″\する。
雑草を壺に投げ※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]す、いゝなあ。
身辺整理、その一つとして郵便局へ投函に。
私の身心はやぶれてゐるけれどからり[#「からり」に傍点]としてゐる、胸中何とはなしに廓落たるものを感じる。
北国はまだ春であつたのに、こちらはもう、麦の穂が出揃うて菜種が咲き揃うて、さすがに南国だ。
ありがたいたより、今日は作郎老からのそれ。
食べることは食べるが、味へない。
△誰か通知したと見えて、健が国森君といつしよにやつてくるのにでくはした、二人連れ立つて戻る、何年ぶりの対面だらう、親子らしく感じられないで、若い友達と話してゐるやうだつたが、酒や鑵[#「鑵」に「マヽ」の注記]詰や果実や何や彼や買うてくれた時はさすがにオヤヂニコニコ[#「オヤヂニコニコ」に傍点]だつた(庵には寝具の用意がないので、事情報告かた/″\、夕方からS子の家へいつてもらつた、健よ、平安であれ)。
午後、樹明君がまた鈴木周二君と同行して来庵(周二君は徴兵検査で帰省中、私の帰庵を知つて見舞はれたのである)、飲む食べる饒舌る、暮れて駅まで送る。
今日はよい日だつた、よい夜でもあつた。
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・肌に湿布がぴつたりと生きてゐる五月
草からとんぼがつるみとんぼで
五月、いつもつながれて犬は吠えるばかりで
こんなところに筍がこんなに大きく
・おててをふつておいでもできますさつきばれ
・雑草につつまれて弱い心臓で
病臥雑詠
寝床から柿の若葉のかゞやく空を
柿若葉、もう血痰ではなくなつた
病んでしづかな白い花のちる
蜂がにぎやかな山椒の花かよ
・ぶらぶらあるけるやうになつて葱坊主
・あけはなつやまづ風鈴の鳴る
・山ゆけば山のとんぼがきてとまり
・あれもこれもほうれん草も咲いてゐる(帰庵)
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五月二日[#「五月二日」に二重傍線]
五時を待ちかねて起床、晴、五月の朝はよいかな。
子の事を考へるともなしに考へてゐる、私はやつぱり父だ!
うれしいたよりがいろ/\。
病人らしくないといつて樹明君に叱られるほど、私は不思議な病人[#「不思議な病人」に傍点]だ、生きのこつたといふよりも死にそこなつた山頭火か。
ちよつと街まで出かけても労れる、間違なく病人だ。
うどん二つ五銭、これが今日の昼食。
春蝉――松蝉――初夏だ。
天地人の悠久を感じる[#「天地人の悠久を感じる」に傍点]。
湿布する度に、ヱキシカを塗る毎に入雲洞をおもふ。
夕方、敬坊来、約の如く、樹明は手のひけないことがあるので二人だけでFへ行きうまいもの[#「うまいもの」に傍点]をどつさりたべて別れる、彼は東京へ、私は庵へ(彼は私と東京で出逢ふべく、無理に出張さしてもらつたのだが、私が中途で急に帰庵したので、がつかりしてゐた)。
しづかで、しづかで、そして、しづかで。
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病臥雑詠
蛙とほく暗い風が吹きだした
病めば寝ざめがちなる蛙の合唱
五月の空をまうへに感じつつ寝床
死にそこなつたが雑草の真実
風は五月の寝床をふきぬける
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五月三日[#「五月三日」に二重傍線]
五月の空は野は何ともいへない。
湿布とりかへるときなどは、もう一つ手がほしいな。
ぬかなければならない雑草だけぬく、衰弱した体力は雑草のそれにも及ばなかつた。
ありがたいたより(四有三さんから、桂子さんから)。
ちよつと街まで、たゞし、さうらうとして!
五月《サツキ》をはつきり感覚する。
歩けば汗ばむほどの暑さ、珍らしや雀どの、来たか。
おまんまにたまごをかけてたべる――老祖母のこと、母の自殺などが胸のいたいほどおもひだされる。……
友人からの送金で、ふとんを買ふ、それを冬村君に持つて来て貰ふ(夜、自転車で)。
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ねむれない夜の百足が這うてきた
這うてきて
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