殺された虫の夜がふける
 日だまりの牛の乳房
 草の青さで牛をあそばせてゆふべ
・てふてふつるまうとするくもり
 暮れてふるさとのぬかるみをさまよふ
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 五月四日[#「五月四日」に二重傍線]

放下着、放下着。
やつぱり酒はうまい、雑草はうつくしい。
山口まで、湯田で一浴、廿日間の垢をおとす、おとなしく帰庵、ふとんのしきふをかゝへて(昨日から拾壱円ばかり買つた)。
山のみどり、鯉のぼりのへんぽん、蛙げろ/\。
粉末松葉を飲みつゝ、源三郎さんをおもふ。
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・向きあうて湯のあふるゝを(湯田温泉で澄太君と)
 風はうつろの、おちつけない若葉も
 やつと家が見えだした道でさかなのあたま
・おもひではそれからそれへ蕗をむぎつつ
 たどんも一つで事足るすべて
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 五月五日[#「五月五日」に二重傍線]

けさも早起、晴れて端午だ。
身辺整理、きれいさつぱり、針の穴に糸が通らないのはさびしかつた。
さみしくなるとうぐひすぶゑ[#「うぐひすぶゑ」に傍点](叡山土産の一つが残つてゐた)をふく、ずゐぶんヘタクソ鶯だね、そこが山頭火だよ。
放下着、死生の外に。――
T子さん来庵、白米を持つてきてくれたのはありがたいが。
寝苦しかつた、肺炎なんて、凡そ私にはふさはしくない。
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 雑草そのままに咲いた咲いた
 おもさは雨の花のあかさ
 けふも雨ふる病みほうけたる爪をきらう
・雨のゆふべの人がきたよな枯木であつたか
・どうやらあるけて見あげる雲が初夏
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 五月六日[#「五月六日」に二重傍線]

晴、朝は郵便を待つ、これあるがゆえの毎日でもある。
樹明来、胡瓜で一杯、さらに鯛で一杯、鯛は近来の美味だつた、さしみ、うしほ、そして焼いて、たらふく頂戴した、うまかつた、うまかつた。
寝苦しい、放下着。

 五月七日[#「五月七日」に二重傍線]

まさに五月だ。
同朋園の田中さんから、たくさん薬を送つてきた、ありがたし、さつそく服用する。
街で買物、――洗濯盥、たどん、火鉢、鎌、等々。
山へ枯枝拾ひに、それから風呂へ。
△粟餅屋の小父さん、彼とはもう三度目の邂逅だ、私は彼をよく記憶してゐるが、彼は私を覚えてゐないらしい(私がもう乞食坊主の服装をしてゐないから)、街角の彼等から一包を買うて追憶に耽つた。
健が持つてきてくれた饅頭もうまかつたがカステイラもおいしいなあ(ぬけさうな歯が少々邪魔になる)。
今夜はとう/\一睡もできなかつた、終夜読書した。

 五月八日[#「五月八日」に二重傍線]

曇、風(風はさみしくてやりきれない)。
弱い身心となつたものかな、あゝ。
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・山はひつそり暮れそめた霧のたちのぼる
・サイレンながう鳴りわたる今日のをはりの
・病みて一人の朝となり夕となる青葉
・雑草咲くや捨つべきものは捨てゝしまうて
・草や木や死にそこなうたわたしなれども
・五月の空の晴れて風吹く人間はなやむ
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 五月九日[#「五月九日」に二重傍線]

曇、昨夜は眠れた、何よりも睡眠である。
初夏の朝、よいたより。
ちよつと街へ出て戻ると、誰やら来てゐる、思ひがけなく澄太君だ、酒と豆腐とを持つて。
ちび/\やつてゐるところへ、呂竹さんが見舞に来られた、これまた茶を持つて。
さらに樹明来、T子さん来庵。
風が吹いて落ちつけない、風には困る。
澄太来のよろこびを湯田まで延長する、よい湯、よい酒、よい飯、よい話、よい別れでもあつた、澄太君ほんたうありがたう、ありがたう。
夕暮、帰庵すると、飲みつゝある樹明を発見する、彼はまことに酒好きだ、少々酒に飲まれる方だが。
労れた、よい意味で、――今夜はよくねむれるだらうと喜んでゐると、T子再来、詰らない事を話して時間を空しくする、しめやかな雨となつたが寝苦しかつた、困つた。
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・生きて戻つて五月の太陽
・けさは水音の[#「の」に「が」の注記]、よいことが[#「が」に「の」の注記]ありさうな
 葱坊主、わたしにもうれしいことがある
 湯あがりの、かきつばたまぶしいな(病後)
・竹の葉のうごく[#「うごく」に「そよぐ」の注記]ともなくしづかなり
・土は水はあかるく種をおろしたところ(苗代)
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 五月十日[#「五月十日」に二重傍線]

雨、風、朝酒が残つてゐた、しめやかな一日だつた。
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・いつまで生きることのホヤをみがくこと
・ひとりをれば蟻のみちつづいてくる
・草の青さできりぎりすもう生れてゐたか
・胡瓜植ゑるより胡瓜の虫が暑い太陽
 風ふくゆふべのたどんで飯たく(追加)
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 五月十一
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