日[#「五月十一日」に二重傍線]

雨、五時には起きておさんどんの仕事。
地下足袋はいて街へ、びつしよりになる。
放下着。
うろ/\する油虫をたゝきつぶしたほど、いら/\してねむれなかつた。

 五月十二日[#「五月十二日」に二重傍線]

まだ降つてゐる、どうやら霽れさうではあるが。
陽が照りだした、照るとなか/\暑い。
ヘビ、トカゲ、クモ、いろ/\さま/″\のものがうごいてゐる、私自身もぢつとしてはゐられないやうに。
鶯笛はなか/\よろしい、ピーピツ、ピヨピヨピーツ。
畑仕事、やうやく一畝だけ耕して大根を播いた。
春は逝く、夏近し、いよ/\晴れた、苗代作りが初まつた、それは感じのよい仕事だ。
風呂にはいり豆腐をたべた。
酒は内から、湯は外から、どちらもちよいと一杯、などゝ考へてゐたら樹明来庵、酒なかるべからずと酒を買つた、すこし酔うて、同道してF家へ押しかけて御馳走になる、それからまたSで飲む。
樹明は泥酔して行方不明になつてしまつた、私は酔へないで戻つて寝た、ふと眼がさめて、そこに酔樹明を見出した、彼がこゝへ倒れ込んだのは、まづ/\感心、すぐ寝せる、大蛇のやうな鼾声をあげて眠つた、私もいつしか睡つた。
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   断想二三
存在の世界[#「存在の世界」に傍点]、あるがまゝの世界、それを示現するものとして私の周囲に雑草がある。
雑草の花[#「雑草の花」に傍点]、それを私の第何集かの題名としたい。
生活の単純化[#「生活の単純化」に傍点]、そこから日本的なもの[#「日本的なもの」に傍点]がうまれる。
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 五月十三日[#「五月十三日」に二重傍線]

晴、好季節。
左股の注射のあとが痛い、起居が苦しい。
鶯笛、かなしい笛か、さびしい笛か、それを私が吹く。
樹明は酔がまださめきらないので、ふら/\してゐるけれど、講習があるとやらで、日曜日にもかゝはらず出勤、これも感心の一つたるを失はない。
予期したやうに、十時の汽車で黎々火が来てくれた、お土産は鮹壺雲丹、巻鮨(お手製だからひとしほうれしい)。
その雲丹を蛙堂老と青蓋人君とに贈つた、かういふハガキといつしよに、――
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下関名産の鮹壺雲丹を送ります、名物にうまいものなしといひますが、これはなか/\うまくて、初夏の食卓に磯の香が、いや玄海の波音が聞えるかも知れません、云々。
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T子さんが卵を持つて、樹明君が魚を持つて来た、四人で飲んだり食べたり、寝たり、饒舌つたり。
黎々火君が草をぬき土をうつてくれた、樹明君が苗を植ゑてくれた、これで茄子も胡瓜も十分だ。
暮れてみんな帰つていつた、まことによい一日だつた。
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   改作追加
・藪かげほのと藪蘭の花かな
・いつもつながれて吠えるほかない犬です
・木の芽草の芽いそがしい旅の雨ふる
・からりと晴れて枯木なんぼでもひろへるよ[#「よ」に「朝」の注記]
・もう秋風の、腹立つてゐるかまきり
   発表できない句!(或る時機がくるまでは)
・死ねる薬はふところにある日向ぼつこ(再録)
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 五月十四日[#「五月十四日」に二重傍線]

寝た、寝た、九時から四時までぐつすりと寝た。
申分のないお天気だ、うらむらくは私の身心がよくない。
風呂へ行く、五月野をよこぎつて。
トマトを植ゑる準備、草取、肥汲。
雑草のうつくしさよ、私は雑草をうたはずにはゐられない。
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・道がひろくて山のみどりへまつすぐ
・けふ播いた苗代へあかるい灯
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 五月十五日[#「五月十五日」に二重傍線]

今日も好いお天気。
街へ、豆腐買ひに、むろん酒も買ひに。
草も人もしづかなるかな。
播きおくれた山東菜を播く、芽が出ればよいが。
初夏の暑さだ、しかし私はまだ綿入を着てゐる、病人くさいな。
夕方から農学校へ行く、今晩は樹明宿直なので、一杯やらうといふ約束が一昨日ちやん[#「ちやん」に傍点]と成り立つてゐるのである、すこし早すぎたのでそこらを見てまはる、花草はうつくしいが、豚は、食べてゐる豚も寝てゐる豚も、仔豚も親豚もいやらしくつてたまらなかつた、これは必ずしも、ブルヂヨアイデオロギーのせいではあるまいて。
二人で飲んで(彼が飲まないので、殆んど私だけが飲んで)、いゝ機嫌になつて戻つて寝る、まだ十時前だつた。
樹明君は熱があるので、何を食べてもうまくないといふ、私は回復期でもあり粗食してもゐるので、何を食べてもうまいといふ、今夜の場合でも、この蒲鉾はまづいといつて二三片しか口にしない彼、これはうまいよと一枚食べつくした私、寄宿舎のライスカレーなんぞ閉口とばかり二口三口しか食べやうともしない彼、そんなにまづくはな
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