くも死にたくもなかつた、生きてゐてもよく死んでしまつてもわるくなかつた、――生きてゐたくなくなつた、――死んでしまひたくなつた、――それは自然的推移、必然的変化ではあるまいか。――
△事物の破壊から自己の破壊へ!
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・筍あんなに伸びて朝月のある空へ
・いつも鳴る風鈴で夏らしう鳴り
・晴れて朝から雀らのおしやべりも(改作)
・糸瓜の蔓がこゝまで筍があつた
・空ラ梅雨のゆふ風や筍はしづくして
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七月一日[#「七月一日」に二重傍線]
晴、つゝましくすなほな生活[#「つゝましくすなほな生活」に傍点]を誓ふ。
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こゝろあらためて七月朔日の朝露を踏む
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△筍を観てゐると、それを押し出す土の力と、伸びあがるそれ自身の力とを感じる。
△ウソからホントウの自殺[#「ウソからホントウの自殺」に傍点]へ――彼は酔うて浪費つ[#「つ」に「マヽ」の注記]て、毒をのんだとウソをいつたが、とう/\ホントウに服毒しなければならなくなつた、そして死んだのである。……
移植した三本の桐苗がみんなつい[#「つい」に傍点]たらしい、二三年もたつたら青々として夕日をさえぎつてくるだらう。
樹明来庵、飯を食べたい、そして銭を三十銭貸してくれといふ、昨夜から飲んで帰らないのださうな、目前酔うてゐないのがうれしくて、飯を炊き銭入をはたいた。……
焼酎を呷る、焼酎が焼酎をよぶ、酔うた、泥酔した、しかし、庵にかへつてぐつすり寝た。
酔うても酔はないでも、悠然として変らない身心となりたい。
シヨウチユウよ、サヨナラ。
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家いつぱいに昇る日をまともに郵便を待つ
・たづねてくれるみちの草だけは刈つておく
・郵便やさんがきてゆけばまた虫のなく
すこし風が出て畳へちつてくるのは萱の穂
・ひとりひつび[#「び」に「マヽ」の注記]り竹の子竹になる
・うれしいこともかなしいことも草しげる
・生きたくもない雑草すずしくそよぐや
あをあをと竹の子の皮ぬいでひかる
・竹の子竹となつた皮ぬいだ
・竹の子伸びるよとんぼがとまる
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七月二日[#「七月二日」に二重傍線]
曇、酔覚のむなしさ、はかなさ、終日読書。
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さらにこゝろをあらためて七月二日の朝露をふむ
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七月三日[#「七月三日」に二重傍線]
晴れきつて暑かつた、今日も終日読書。
水、水、水はうまいな、ありがたいな。
身心が弱くなつたことを痛感する。
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・雑草すゞしく人声ちかづく
・すくすくと筍のひたすら伸びる
・暮れるとひやつこい風がうら藪から
・けさは鶯がきてこうろぎも鳴く
・炎天、かぜふく
・おもくて暑くてねぎられてまけるのか
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七月四日[#「七月四日」に二重傍線]
晴、夏の朝はよろし。
一天雲なくして暑い、まだ梅雨のうちだのに。
昨夜は寝苦しくて寝不足だつたので、ぐつすりと昼寝。
四日ぶりに街へ出かけてコツプ酒一杯借りた。
たいへん忘れつぽくなつた、忘れてならないことを忘れるやうになつた。
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ここにも筍がとなりの藪から
・炎天、とんぼとぶかげ
・いま落ちる陽の、風鈴の鳴る
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七月五日[#「七月五日」に二重傍線]
晴、とても暑くなるだらう、終日読書。
蝉が鳴きはじめた、まだ長く巧くは鳴けないが。
何といふ鳥か(雉子かとも思ふが)、迫るやうな鋭い声で裏山の奥の方で啼く。
よいたよりもよくないたよりもこないさびしさだつた。
うちの初茄子を味ふ。
野菜に水をやる、いかに私の身心が弱つてゐるかを知る。
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・けふも暑からの[#「の」に「マヽ」の注記]山の鴉のなくこゑも
・朝からはだかでとんぼがとまる
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七月六日[#「七月六日」に二重傍線]
好晴、身心清澄。
あれからもう一年たつた、緑平老をおもひ白船老をおもふ。
碧巌を読む、碧巌はいつ読んでもなんど読んでも興が深い、そこに禅の語録の味はひがある。
私に貧閑の記[#「貧閑の記」に傍点]があるべきだ、あらなくてはならない。
今日も郵便が来ない、さびしいなあ!
樹明徃訪。
何日ぶりかで新聞を読む、斉藤内閣が総辞職して大命が岡田大将に降下したことを知つた。
米がなくなつて思案してゐたら、米を与へられた、米、米、米、米なるかなです、日本人は米がなくては生きてゐられない。
暑い、暑い、ぢつとしてゐて、雑草の風がふくのにこんなに暑い、さぞや。……
さびしいけれどしづかで、貧しいが落ちついてをりま
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