す、……と友へ書いた、私はやうやく落ちついた、過去の一切の罪障を清算しなければならない。……
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・かうしてながらへて蝉が鳴きだした
・藪を伸びあがり若竹の青空
・若竹ゆらゆらてふてふひらひら
・いつぴきとなりおちつかない蠅となつてゐる
・炎天の萱の穂のちるばかり
・ま昼ひそかに蜂がきては水あびる
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 七月七日[#「七月七日」に二重傍線]

晴、新暦では七夕、一年一回の逢瀬は文字通りに一刻千金だらう!
朝は涼しいよりも寒い、そして日中は土用よりも暑い。
一雨あつたら、人よりも草木がよろこぶだらう、田植の出来ない地方、田植しても枯渇する地方のみじめさ、気の毒さ。
身心ます/\平静、山頭火は山頭火であれ。
若竹のすなほさ、のびやかさ、したしさ。
やつと郵便がきた、北朗君がよく覚えてゐて鈴を送つてくれた、忘れてゐたゞけ嬉しかつた、「松」「地に坐る者」などそれ/″\ありがたい。
嫌な手紙を書いた、それは書きたくない、書いてはならない手紙だつた、生きてをれば、生きるために、かういふ手紙を書かなければならないのだ。
雨乞の声[#「雨乞の声」に傍点]が山野に満ちてゐる。
ちよつと街まで出かける、心臓の弱さがハツキリ解る、ぽつくり徃生こそ望ましい。
夕方、樹明君が来た、酒と下物とを持つて、――よろしくやつてゐるところへ、ひよこりと黎々火君がやつて来た。
黎々火君をそゝのかして街を歩く、持つてゐるだけ飲んでしまつた(といつてもみんなで一円五十銭位!)、酔ふ、とう/\野菜畑で一寝入した。……
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・すゞしい風のきりぎりすがないてとびます
・炎天、なんと長いものをかついでゆく
・父が母が、子もまねをして田草とる
・炎天、きりぎりすはうたふ
・朝の水があつて蜘蛛もきて水のむ
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 七月八日[#「七月八日」に二重傍線]

晴、とても暑い日だつた、百度近くだつたらう。
朝蝉が鳴く、朝酒がほしいな、昨夜の酒はだらし[#「だらし」に傍点]なかつたけれど、わるい酒ではなかつた、ざつくばらんな酒[#「ざつくばらんな酒」に傍点]だつた。
八時頃、約を履んで樹明来、釣竿、突網、釣道具、餌、そして辨当まで揃へて。
三人異様な粉[#「粉」に「マヽ」の注記]装で川へ行く、途中コツプ酒、与太話、沙魚は釣れなかつたが蝦をすくうた、裸体で水中を歩くのは愉快だつた、船のおかみさんが深切にも辨当を食べる用意をしてくれました。
帰途、酒と豆腐とを買つて(三人で買へるだけ、金九十五銭!)、ゆつくり飲んだ、それは「豆腐をたべる会[#「豆腐をたべる会」に傍点]」第一回でもあつた、とかうして七時解散。
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 とんぼふれても竹の皮のおちる
・とぶは萱の穂、おちるは竹の皮
・いつもの豆腐でみんなはだかで
 蝉なくやヤツコよう冷えてゐる
 したしさははだかでたべるヤツコ
・風はうらからさかなはヤツコで
・金借ることの手紙を書いて草の花
・朝蝉、何かほしいな
・夕蝉、かへつてゆくうしろすがた(黎々火君に)
・ともかくもけふまでは生きて夏草のなか
・ぽとりぽとり青柿が落ちるなり
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 七月九日[#「七月九日」に二重傍線]

晴、降ればよいのに、降りさうにもない。
甘草、またの名は忘れ草を活ける、百合よりも野趣がある。
蟻地獄といふもの、何だか気味悪い存在だ。
ちよつと街のポストまで、そしてちよつと一杯!
夕蝉なけばまた一杯やりたいな!
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・風がふきぬけるころりと死んでゐる(自弔)
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 七月十日[#「七月十日」に二重傍線]

晴、曇、夕立がきさうだつたが、バラ/\と落ちたゞけ。
昨日も今日も終日読書。
一杯やりたいが、それどころぢやない、一椀があやしくなつた!
周囲が(私自身も)コセ/\してゐるのが嫌になる、もつとユツタリとしたいものだ。
△……生きてをれば生きてをるがために、いひたくない事をいひ、したくない事をしなければならない、……生きてゐたくないと思ふ。
三八九復活の外はない、やつぱり謄写刷がよい。
肋膜の工合が変だ、うまく死ねないものか!
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・食べる物がない涼しい風がふく
・どうせもとのからだにはなれない大根ふとる
 生えて移されてみんな枯れてしまつたか
・酒と豆腐とたそがれてきて月がある
・青田風ふく、さげてもどるは豆腐と酒
・食べる物はあつて酔ふ物もあつて草の雨
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 七月十一日[#「七月十一日」に二重傍線]

晴、曇、晴、そして待ちに待つ手紙は来ない。
今日は食べる物がないから砂糖湯を飲む、そして胡瓜を食べる。
米屋は米を貸してくれない、酒屋は酒を飲ましてくれた!

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