・青草をふみ鳴らしつつ郵便やさん
   再録二句
・月からこぼれて草の葉の雨
・あほげば梅の実、ひよいともぐ
・ほろにがさもふるさとにしてふきのとう(追加)
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   故郷といふもの
故郷はなつかしい、そしていとはしい、それが人情だ。
故郷の人間には何の関心を持たなくても、故郷の風物には心を惹かれる。
一木一石、すべてが追想を強いる。
歩々の微苦笑[#「微苦笑」に傍点]だ、ニガワラヒ[#「ニガワラヒ」に傍点]といふやつだ。(防府にて)

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・朝風のトマト畑でトマトを食べる(改作再録)
・うらへまはる私ととんぼとぶつかつた
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 六月二十九日[#「六月二十九日」に二重傍線]

晴、昨日今日、梅雨には珍らしい青天、そして暑気だ。
九時の汽車へゆく、もう米もないし、米代もないから。
朝から失敗した、年はとりたくないもの、此頃は物忘れして困る、といふのは煙草代と汽車賃だけはある銭入を忘れて出立したのである、八百屋のおばさんに事情を説いて、時計を預けて、五十銭玉一つを借りる、おかげでバツトが吸へて、ガソリンカアに乗れた。
古本として多少の銭になりさうな弐冊、それが八十銭になつた、さつそく一杯、そしてS家を訪ねる、周二さんはまだ帰郷してゐない、赤の事で当局に油をしぼられてゐるらしい。
湯田の千人風呂で一浴、バスで上郷まで、新町で下車して、朝のマイナスを返す、やれ/\。
二時半帰庵、うちほど楽なものはない。
今日もまた焼酎を呷つた、それだけ寿命を縮めた。
何となく――それはウソぢやない――人心凝滞、世相険悪を感ぜざるを得ない、ダイナマイトはうづたかく盛られてある、まだ点火するほどの人間が出現しないのだ!
我儘を許されない身心――かうまで心臓が弱くなつてゐるとは思はなかつた、ああ。
△くちなしの花、その匂ひが(その色よりも姿よりも)私を追想の洞穴に押し込める。……
△アルコール中毒、ニコチン中毒、そして俳句中毒、酒と煙草と俳句とはとうてい止められない、止めようとも思はない。
△在る世界[#「在る世界」に傍点]から在るべき世界[#「在るべき世界」に傍点]へ、在らずにはゐない世界[#「在らずにはゐない世界」に傍点]へ、そして私はまた在る世界[#「在る世界」に傍点]へかへつて来た、在る[#「在る」に傍点]ところに在るべき[#「在るべき」に傍点]、或は在らずにはゐない[#「在らずにはゐない」に傍点]ものがある、――私を[#「を」に「マヽ」の注記]それを知る[#「知る」に傍点]といふよりも感じる[#「感じる」に傍点]、そしてそれを味はひつゝある。
私も破家散宅[#「破家散宅」に傍点]したけれど、それは形骸的[#「形骸的」に傍点]であるに過ぎなかつた、これから心そのものの放下着[#「放下着」に傍点]だ。
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   『旧道』
新道はうるさい、おもむきがない、歩くものには。
自動車が通らないだけでも旧道はよろしい。
旧道は荒れてゐる、滅びゆくもののうつくしさがある。
水がよい、飲むによろしいやうにしてある。
山の旧道、水がちろ/\流れるところなどはたまらなくよい。
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   或る農夫の悦び
・植ゑた田をまへにひろげて早少女の割子飯
・田植もすましてこれだけ売る米もあつて
・足音は子供らが草苺採りにきたので
・夕凪の水底からなんぼでも釣れる
・露けき紙札『この竹の子は竹にしたい』
・ほんとにひさしぶりのふるさとのちしやなます(改作再録)
   山口後河原風景
・おいとまして葉ざくらのかげがながくすずしく
 木かげがあれば飴屋がをれば人が寄つて
・ま夏ま昼の火があつて燃えさかる
 大橋小橋、最後のバスも通つてしまつて螢
・バスの※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]花の、白百合の花のすがれてはゐれど
   緑平老に
・あれからもう一年たつた棗《ナツメ》が咲いて
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 六月三十日[#「六月三十日」に二重傍線]

晴、曇、蒸暑いこと。
△水はともかく、ビールのやうな句も出来ない、出来るのは濁酒のやうな句だ、ウソはないけれど。
ごろ/\と寝たり起きたり、あゝ退屈だ、もつたいないが。
坐敷にぱたりと音を立てゝとかげ殿の散歩!
とんぼがあたまのてつぺんにとまりました。
蝉の声です、初耳です、もちろんみん/\蝉です。
今日も焼酎を呷ることを忘れなかつた、といふよりも、呷らずにはゐられなかつた、飲むときは胸が痛いほど苦しい、しかし飲んでしまへば何となくうれしくなる。……
ウソイツハリのない自殺的行為だ。
△歩けなくなつた山頭火、みじめな山頭火だ。
青紫蘇の香のよろしいこと。
△心境はかはる、気分はうつる、――生きた
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