ウソかマコトか、ウソからマコト、マコトからウソ。
△桂子さんのちまき[#「ちまき」に傍点]が来た、重いな、グロテスクな食物だ、屈原の味か、薩摩隼人の味か、ようく噛みしめろ。
入浴、数日来のわだかまりを流す。
山へ、つつじを折つてきて仏様に供へる。
しづかな日だつた、遊蕩気分を払拭した。
ほんとに熟睡した、近来にないことだ。
六月十日[#「六月十日」に二重傍線]
曇、梅雨入前、午後すこし降つて晴。
時の記念日、とまつた時計を時計屋へ持つてゆく、ネヂがゆるんだためで、すぐに直してくれた、タヾで。
なまけもの、きまぐれもの、ぐうたら、等々と自分を罵つた、どうもこれは直らない、ネヂがゆるんだのではあるまい、ネヂがないのだらう!
郵便はとう/\来なかつた、さみしい日だ。
△ゆすら桃、通りかゝつた垣根から二粒三粒つまんでたべて、遠い少年の夢を味つた。
夾竹桃がもう咲いてゐる、南国の夏の色と姿だ。
更けて、跛を曳きつつ、犬に吠えられつつ、樹明泥酔して来庵、自転車々々々と繰り返す、生酔本性とはこれだらう、宥め賺して、やつと寝させる、……すぐ大鼾だ!
夕暮、クロトリを聴く、ぢつと耳傾けてゐると、その声は切ない、しかし情愛の籠つた声だ。
△一元的[#「一元的」に傍点]になりきりえない自分をあはれむ。
夜、時の記念として、――この句を喜代志さんにあげませう。
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サイレンが鐘が正しく私の時計も九時
[#ここで字下げ終わり]
雨、夜の雨の音はよろしい。
未明近くT子さん来庵、たづねてきたのは私をぢやない、樹明をである、庵にはふさはしくない――困つたことである。
四時半には起きた、めづらしく裏山で狐が鳴いた。
(変電所の構成)
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・草からてふてふがまた草へ
大地にごろ/\かさなつて豚の仔が暑い
ゆふべ時計がとまつてゐる午後三時
ゆふべの窓に影あるは竹の二三本
・ひろがつて、こぼるゝ花をうけてゐる葉の(南天と蕗)
・ゆふ空ゆうぜんとして蜘蛛の生活
・蜘蛛は網張る、私は私を肯定する
・枯木へ糸瓜の蔓をみちびく
・萱もみな穂に出て何か待つてゐるようなゆふ風
・かういふ世の中の広告気球を見あげては通る
・実つて垂れて枯れてくる
・いちめんの夏草をふむその点景の私として
・待つでもなく待たぬでもなく青葉照つたり曇つたり
[#ここで字下げ終わり]
六月十一日[#「六月十一日」に二重傍線]
梅雨日和、明日から入梅だ。
枇杷を食べる、私には初物だ、これは恐らく、昨夜の宴会の残物だらう、といつては持つてきてくれたT子さんにすまないけれど。
だん/\晴れる、雨後の風景はまことにあざやかなものである。
T子さん帰る、樹明君も帰る、あとは私一人でしづかなこと、其中一人で十分だ(半人では困るが二人三人でも困ります)。
雑草の中から伸びてゐた葱坊主、それは野韮でもないし、ラツキヨウでもないし、何だらうと考へてゐたが、玉葱だつた、今年捨てた屑根から芽生えてきたのだつた、小さい玉が三つ、これでも私の味噌汁の実にはなる、いや有難う。
大根菜間引、洗つて干す、あす新漬にするために。
奴蜘蛛を観察する、なか/\面白い。
虫を殺すことは不愉快だ、しかし殺さなければならない虫。
駅へ砂吐流君を出迎ふべく行[#「行」に「マヽ」の注記]かける、途中、樹明を訪ねて訳を話す。
△赤と黒との接触を観察した、赤い蝶と黒い蝶との交尾行動!
砂君と共に、もう一度、樹明徃訪、二十年振の昔話、それから庵で、三人でよい酒うまい酒を飲む、砂君宿泊。
よく飲みよく話しよく寝た。
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・歩いても歩いても[#「歩いても歩いても」に「出ても戻つても」の注記]草ばかり
・雑草やたらにひろがる肉体
・てふてふとんでも何かありさうな昼
・濡れて、てふてふも草の葉のよみがへる雨
・虫はなんぼでもぶつかつてくる障子の灯かげ
・ここにも工場建設とある草しげる
・土に描いて遊ぶ子のかげもむつまじく
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六月十二日[#「六月十二日」に二重傍線]
早朝、砂君を見送つて駅へ。
砂君はまろい人[#「まろい人」に傍点]だつたが、二十年の歳月が君をいよ/\まろくした、逢うて嬉しい人だ。
何だか遣りきれなくて飲む、酔うて辛うじて戻つて寝た。
或る時は善人、或る時は悪人、或は賢、或は愚、是非正邪のこんがらがるのが人間の生活だ。
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・てふてふよつかれたかわたしはやすんでゐる
・ふつと逢へて初夏の感情(追加)
・青空したしくしんかんとして
・朝じめりへぽとりと一つ柿の花
・けさはじめての筍によつこり
・こんなところに筍がこんなにながく(再録)
・あひゞきの朝風の薊の花がちります
・酔ざめはくちなしの花のあまりあざやか
[#ここ
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