かぎり、それはどこかにひそんでゐる。
若いときにはあまりに顕在的に、老いてはあまりに潜在的に。
生存力、それは性慾の力といつてもいいかも知れない。
食慾は充たされなければならない、これと同じ意味で、性慾も充たされなければならない、それが要求する場合に於ては。
┌個体維持
└種族保存
性は生なり[#「性は生なり」に傍点]、といつても過言だとは必ずしもいへないだらう。
生活と交接とは不可離不可別である。
性慾は常に変装して舞踏する、それが変形変態すれば性慾でないかのやうでさへあるが、性慾の力はそのうちに動いてゐる。
[#ここで字下げ終わり]

 六月五日[#「六月五日」に二重傍線]

曇、反省して顔を蔽ふ、なんぼ淡々君といつしよであつても、湯田に於けるプチブルくさい遊蕩ぶりは恥づかしい。
身心すぐれず、罰をうける、当然だ、必然だ。
裏の藪に――よその藪からうちの藪へ――によろりと筍が伸びてゐた、さつそく草をわけて抜く、お汁の実として食べる。
まだ酒があり米がある日。
夕方、樹明君に招かれて学校へ行く、宿直室で酒と飯とをよばれる、かういふ酒、かういふ飯がホンモノだ。
早く戻つて読書、それから安眠。

 六月六日[#「六月六日」に二重傍線]

晴、勉強しよう、一切放下着、クヨ/\するな。
入浴、さつぱりする、清風こゝろよし。
うれしいたよりがあつた、砂吐流君から、安六君から。
△一は一だけしか、一は一として、黒いものは黒く、黒いなりに、――それ以外の何物でもない、それはそれでよろしいではないか。
夕、樹明君が痛む足をひきずつてやつてきて泊めてくれといふ、OK、酒はないが飯はある、蚊帳の中で大の字に寝そべつて漫談数刻、いつのまにやら寝入つてしまつた。
庵中無事、事々妙好である。
[#ここから2字下げ]
   其中庵二句
・しろい蝶くろい蝶あかい蝶々もとぶところ
・花がさいて蜂がきてゐる朝
 この木のどこか病んでゐる日向水やらう
・てふてふあそばせてあざみあさのいろ
・ここにもてふてふがぢやがいものはな
・うぐひすよ、もとのからだにはなれないで夏
[#ここで字下げ終わり]

 六月七日[#「六月七日」に二重傍線]

晴、すこし寒くて、なか/\忙しい。
薊を活ける、老鶯が啼く。
「松」「雑草」到着。
山へ行く、山はよいかな。
よく眠れた。
[#ここから2字下げ]
   こんな句はナイシヨウ/\!
・死んでしまうたら、草のそよぐ
・死ぬるばかりの、花の赤いかな
・からりとしてしきりに死が考へられる日
・死なうとおもふに、なんとてふてふひらひらする
 夏野、犬が走れば人も走つて
・朝風のきりぎりす大きうなつた
・ゆふべあかるい草の葉で蝶はもう寝てゐる
[#ここで字下げ終わり]

 六月八日[#「六月八日」に二重傍線]

晴、けさはゆつくりと五時すぎるまで寝床の中。
△自殺是非[#「自殺是非」に傍点]について考へる。――
詩外楼君から、桂子さんから来信、桂子さんからのそれはなか/\興ふかいものだつた。
大事に育てる茄子の一本が枯れた、根切病、詮方なし。
額が出来た、井師筆の其中一人[#「其中一人」に傍点]、ありがたい。
焼酎一杯、むろんカケで、その元気で学校へ寄る。
T子さん来庵、酒とサイダーと肴とを持つて、やがて樹明君も来庵。
それから歩く、私一人で、そしてヘト/\になつて帰る、途中無事で、ヤレ/\。
[#ここから2字下げ]
・風ひかる、あわたゞしくつるんでは虫
 めくらのばあさんが鶏に話しかけてゐる日向
・たつた一人の女事務員として鉢つつじ
 たま/\たづねてくれて、なんにもないけどちしやなます(友に)
 もう春風の蛙がとんできた(再録)

[#ここから1字下げ]
   自殺是非
       (などゝいふなかれ)
自殺の可否は自殺者にあつては問題ぢやない。
死にたくて自殺するのでなくて、生きてゐたくないからの自殺だ。
生の孤独や寂寥や窮迫やは自殺の直接源[#「源」に「マヽ」の注記]因ではない。
自殺は最後の我儘[#「最後の我儘」に傍点]だ。
酒と句とが辛うじて私の生を支へてゐた[#「酒と句とが辛うじて私の生を支へてゐた」に傍点]。
[#ここで字下げ終わり]

 六月九日[#「六月九日」に二重傍線]

三時半には起きた、昨夜の後始末。
うつ木の花、はかない花だ、活けてもすぐ散る。
残つたゞけ飲む、飲まずにはゐられない、といふよりも一滴も残しておけないのが酒好きの酒飲みだ。
性慾と食慾[#「性慾と食慾」に傍点]、食慾は満たさないと死ぬる、性慾は抑へてゐても生きてゐられる、そこに私共の関心がある。
△技巧[#「技巧」に傍点]はそれを技巧と感じさせないところにそのうまさがある。
茄子苗を見つけた、すぐ植ゑる、どうぞついてくれ。
野韮の花、坊主花。

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