るのだ。
生活事実、その中に、その奥に、その底に人生の真実、自然の真実がある。
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・誰もたづねて来ない若葉が虫に喰はれてゐるぞ
・ひよいと穴から、とかげかよ
・雑草が咲いて実つて窓の春は逝く
・ねむれない私とはいれない虫と夜がながいかな
・夜ふけてきた虫で、いそいで逃げる虫で
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 五月二十日[#「五月二十日」に二重傍線]

雨、よい雨、風、わるい風、身心すなほ、しづかな幸福。
時化になつた、米もなく石油もなくなつてゐるが、そしてそれを買ふだけの銭は持つてゐるが、とても出かけられない、ひとりしづかに寝床に横は[#「横は」に「マヽ」の注記]つて読書。
もう一週間ほど誰も来なかつた、私からはちよいちよい出かけたが。
夕方、樹明来、米持参、この米は今日の場合、とりわけ有難かつた、君は健康を害して酒が飲めないので、お茶をのんで閑談、幸に青蓋人おくるところの、せ、ん、べい、があつた。
といふやうなわけで、米代が浮いたので、――といつても五十銭だが――風雨を衝いて街へ、酒と石油を買うて戻つた、雨風でびつしよりになつた、いや御苦労、々々々。
酒はウチノアブラ、石油はソトノアブラ。
樹明がくれた胡瓜を膾にして飲む、胡瓜もうまいが、酒はとてもうまい、陶然悠然としてベツドへ。――
雨で水が出たので、そこらに水のたまり水の音、水はよい、断然よい、水と雑草との俳人として山頭火は生きる[#「水と雑草との俳人として山頭火は生きる」に傍点]、生きられるだけ生きる、そしてうたへるだけうたふのだ!
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 ひとりひつそり雑草の中
・雨の、風の、巣を持つ雲雀よ、暮れてもうたふか
・宵月のあかり、白いのはやつぱり花だつた
・よい雨のよい水音が草だらけ
 活けられて開く花でかきつばた
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 五月廿一日[#「五月廿一日」に二重傍線]

細い雨、風は落ちた、頬白が機嫌よく囀るうちに、日が照りだしていよ/\初夏日和となつた、もう湯あがりに浴衣がほしい。
昨夜はよう寝た、九時から四時まで眠つた。
たよりいろ/\ありがたし、田中耕三君から心臓の薬、青蓋人君から静岡茶、黎々火君から豆腐の本、その他。
△よき本はよき水の如し、よき水はよき本に似たり。
佐藤吾一氏の豆腐を語る[#「豆腐を語る」に傍点]は面白い、著者に早速、葉書をだしたほど好意が持てた。
小郡のやうな町でも、八百屋の店頭に苺や枇杷がならべられて、行人の食指を誘ふ。
△酒の量りのよさわるさが妙に神経にこたえる、これについては興味ふかい随筆が書けるよ。
入浴のついでに工場の冬村君を訪ねる、二三日前に父となつた[#「父となつた」に傍点]といふ、その娘は不幸な人間として生れてきたが、どうか不幸でないやうにと祈らずにはゐられない。
結婚はもう Adventure でなくて Business となつたのである、Business でなければならないのである。
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・金魚売る声も暑うなつたアスフアルト
 いやな薬も飲んではゐるが初夏の微風
・なんと[#「なんと」に「いかに」の注記]若葉のあざやかな、もう郵便がくる日かげ
 若葉めざましい枯枝をひらふ
・郵便もきてしまへば長い日かげ
・湯があふれる憂欝がとけてながれる(改作)
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 五月廿二日[#「五月廿二日」に二重傍線]

とてもよいお天気、小鳥も草も人間もよろこぶ。
何とはなしに憂欝になる、病気のためか、銭がないためか、お天気があまりに好すぎるためか、……やつぱり把握すべきもの[#「把握すべきもの」に傍点]をしつかりと把握してゐないからだ、自己阿附が感傷的になるからだ、このセンチを解消しなければ、ほんたうの山頭火にはなれない、ほんたうの句は作れない。
野をよこぎつて街をあるいたが、カケで一杯ひつかけたが、そんなことでは駄目だつた、私の身心はなぐさまなかつた、咄。
昼飯最中だつた、誰だか来て案内を乞ふ、出て見て思ひだしたが、福日の恒屋匡介君だつた、まことに意外なお客さんだつた、白船君から私の近況を聞いて訪ねて来たといふ、閑談二時間あまり、後日を約して別れた。
あんまり虫が胡瓜の葉を喰ふから紙袋で囲うてやつた、もう花をつけてゐる、ちと早熟だな。
△煩悩執着を放下することが修行の目的である、しかも修行しつつ、煩悩執着を放下してしまうことが、惜しいやうな未練を感ずるのが人情である、言ひ換へると、煩悩執着が無くなつてしまへば、生活――人生――人間そのものが無くなつてしまうやうに感じて、放下したいやうな、したくないやうな弱い気を起すのである、こゝもまた透過しなければならない一関である(蓬州和尚の雲水は語る[#「雲水は語る」に傍点]、を読んで)。
△有仏のところ止ま
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