くなつた、そして帰来少しづゝほぐれる。
△捨てるも捨てないもない[#「捨てるも捨てないもない」に傍点]、さういふ考へを捨ててしまへばそれでよいのだ、即今の這箇[#「即今の這箇」に傍点]に成りきればそれでよいのだ。
[#ここから2字下げ]
・あさのみちの、落ちてゐる梅の青い実の
・あほげば青梅、ちよいともぐ
・病めば考へなほすことが、風鈴のしきりに鳴る
 をさないふたりで、摘みきれない花で、なかよく
・ほんにしづかな草の生えては咲く
・ひらかうとする花がのぞいた草の中から
・芽ぶいて若葉して蓑虫は動かない
・いちはやく石垣の茨は咲いた校長さんのお宅
 声をそろへて雨がほしい青蛙はうたふ
・打つ手を感じ逃げてゆく蚊の、寝苦しい
・灯火、虫はからだをぶつつける
・生えて伸びて咲いてゐる幸福
[#ここで字下げ終わり]

 五月十九日[#「五月十九日」に二重傍線]

頬白が晴々と囀つてゐる、誰かを、何物かを待つてゐる。
考へること、読むこと、書くこと、……歩くこと。
人生は五十からだ、少くとも東洋の、日本の芸術は!
曇つて降りだしさうになつたが、なか/\。
昼酌をやりながら、といふよりも、ほうれん草のおしたしを食べつゝ、味取[#「味取」に傍点]をおもひだした、H老人をおもひだして、彼の生死を案じた、味取在住一ヶ年あまり、よくH老人と飲んだ、そしておさかなはほうれん草のおしたしが多かつた。……
△私は毎日これだけ食べる(不幸にしてこれだけ飲みます!)。
[#ここから3字下げ]
米 四合、三椀づゝ三回
酒  [#「 」に「マヽ」の注記]合、昼酌 壱回
朝、味噌汁 二杯
昼、野菜  一皿
晩、同 外に佃煮
時々
うどん玉
まんぢゆう
[#ここで字下げ終わり]
これで食費一ヶ月まづ五円位。
△湯屋で感じた事、――
[#ここから2字下げ]
男湯と女湯とを仕切るドアがあけつぱなしになつてゐたので、私は見るともなく、女の裸体を見た(山頭火はスケベイだぞ)、そしてちつとも魅力を感じなかつた、むしろ醜悪の念さへ感じた(これは必ずしも私がすでに性慾をなくしてゐるからばかりではない)、そこにうづくまつて、そして立つてゐた二人の女、一人は若い妻君で、ブヨ/\ふくれてゐた、もう一人は女給でもあらうか、顔には多少の若い美しさがあつたが、肉体そのものはかたくいぢけてゐた、若い女性がその裸体を以ても男性を動かし得ないとしたならば、彼女は女性として第一歩に於て落第してゐる、――私は気の毒に堪へなかつた、脱衣場の花瓶に※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]された芍薬の紅白二枝の方がどんなにより強く私を動かしたらう!(私はまだ雑草のよさを味ふと同様に、女の肉体を観ることが出来ない、修行未熟ですね)
[#ここで字下げ終わり]
△俳人の夥多、そして俳句の貧困。
△ながいこと、ぶら/\うごいてゐた前歯(後歯はもうみんな抜けてしまつたが)がほろりと抜けた、抜けたことそのことはさびしいが、これでさつぱりした、物を食べるにもかへつて都合よくなつた(私自身が社会に於ける地位はその歯のやうではないかな)。
△ラツキヨウを食べつゝ考へる(私はラツキヨウが好きだ、帰庵して冬村君から壺に一杯貰つたが、もう残り少なくなつた)、人生はラツキヨウのやうなものだらう、一皮一皮剥いでゆくところに味がある、剥いでしまへば何もないのだ、といつてそれは空虚ではない、過程が目的なのだ、形式が内容なのだ、出発が究竟なのだ、それでよろしい、それが実人生だ、歩々到着[#「歩々到着」に傍点]、歩々を離れては何もないのが本当だ[#「歩々を離れては何もないのが本当だ」に傍点](ラツキヨウを人生に喩へることは悪い意味に使はれすぎた)。
たどんはありがたいかな、たどん一つのおかげで朝から夜まで暖かいものが食べられる、その火一つで、御飯もお湯もお菜も、そしてお燗も出来ます。……
今日の夕方はさみしかつた、人が恋しかつた、――誰か来ないかなあ、と叫びたかつた、いや、心の中では叫んだのである。
寝苦しかつた、一時から三時まで、やつとねむれた。
[#ここから2字下げ]
 うちの藪よその藪みんなうごいてゆふべ
・空は初夏の、直線が直角にあつまつて変電所
・閉めて一人の障子を虫がきてたたく
・影もはつきりと若葉
・ほろりとぬけた歯は雑草へ
・たづねあてたがやつぱりお留守で桐の花
・きんぽうげも実となり薬は飲みつゞけてゐる
・くもりおもくてふらないでくろいてふてふ
 この児ひとりこゝでクローバーを摘んでゐる
 摘めば四ツ葉ぢやなかつたですかお嬢さん(途上即事)
[#ここから1字下げ]
   断想
生活感情をあらはすよりも生活そのものをうたふのだ。
人生は、少くとも私の生活は水を酒にするのではなくて、酒が水にな
前へ 次へ
全24ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
種田 山頭火 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング