る勿れ[#「有仏のところ止まる勿れ」に傍点]、無仏のところ走過せよ[#「無仏のところ走過せよ」に傍点]、――私は今、この話頭に自から参じてゐる。
もううす暗くなつて、農学校の給仕さんが酒徳利をさげてきた、樹明来の予告である、間もなく樹明来、自分で飲みたいよりも私に飲ませる心いきはよく解る、よく解るだけ酔へない、胡瓜と酒とは食べて飲んだが。
干大根は煮そこなつた、伽羅蕗はうまくできるらしい。
蛙かやかやこやこや、ころころ、げろげろ。……
よう寝た、さすがにアルコール大明神の効験はいやちこ也。
[#ここから2字下げ]
  (未定稿)(生みの苦しみ)
 (わたしの)窓へ糸瓜の蔓をみちびく
 (だん/\畠の)麦刈ればそこには豆が芽ぶいてる
 (夜の机の)これでも虫であつたか動いてる
・風の夜の虫がきて逃げない
・風鈴鳴ればたんぽぽ散ればとんぼ通りぬける
・触れると死んだまねして虫のいのち
・蜘蛛はほしいままに昼月のある空
 蜂もいそがしい野苺咲いた
[#ここで字下げ終わり]

 五月廿三日[#「五月廿三日」に二重傍線]

今日はすばらしい好晴、清明の気が天地にあふれてゐる、身心ほがらかにしてかろし。
朝は、とりわけて初夏の朝はよろしいかな。
うれしいたよりが方々から、そして意外のよろこびがあつた!
山口へ行く、いつぞや見つけておいた食卓――それは私が食卓として用ひるので、安物の小机――を買ふために、そして湯田で入浴するために、しかしその机はもう無かつた、千人風呂はあつくあふれてゐたけれど。
酒一杯、うどん一杯、十五銭なり、これは昼食、見切本のお惣菜のこしらへ方十銭、菜葉弐把五銭なり、これはお土産。
もう戸外は暑い、今日は一日ゆつくり遊ぶつもりだつたが、三時には戻つてきた、バス代を倹約して半分は歩いた、途上、感じのよい若いマダムを見た、山口小郡間のバスが乗心地のよいやうに、気持がよかつたことです!
暮れるころになつて、約の如く樹明来庵、例の如く飲んで食べる(念のために断つておくが、食べて飲むのではない)それから両人共理髪、ちよいと、ちよいとしたところを見て[#「見て」に傍点]帰庵。
まだ酒が残つてゐる、その酒を飲んで、飯を食べて、そして寝る、樹明はいびき、わたしは眠れない。
もう一時過ぎてゐたらう、T子さんが来た(仕事がすむのは毎夜今頃ださうな)、樹明君は二時の汽車に乗るといふので、彼と彼女は同道して出て行つた、彼の旅に幸あれ、彼女の生活に幸あれ。
[#ここから2字下げ]
・誰も来ない蕗の佃煮を煮る
・蕗つめば蕗のにほひのなつかしく
・蕗の香のしみ/″\指を染めた
・初夏の、宵月の、何か焦げるにほひの
・こゝまではあるけたところで熱い温泉《ユ》がある(山口へ)
・あかるくあつくあふれる湯にひたりおもひで(湯田入浴)
・惜しみなくあふるゝよながるゝよ(途上即事)
・街からついてきた蠅で打つ手は知つてゐる
 ゆふべおもむろに蠅は殺された
・打つ手を感じて蠅も私もおちつかない
 草が青うてどこかの豚が出て遊ぶ
・よい湯あがりのはだかであるく雑草の風(追加)
[#ここで字下げ終わり]

 五月廿四日[#「五月廿四日」に二重傍線]

すばらしいお天気のつゞくことである、すこし急いで歩けば汗ばむほどの暑さとなつた。
茄子の支へ竹を拾ふべく椹野河原へまで出かける(近所にもあるけれど個人所有の山へはいるのはうるさいから)、月見草がうつくしく咲いてゐた、土手の葉桜もうつくしかつた。
帰途、魚市場の前を通りかゝつて、鯖を一尾買うて戻つた(私が生魚を買つたのは、今年はこれが最初ではないか知ら)、下手糞に料理して食べたが、予期したほどうまくなかつた、私の嗜好はたしかに、腥いもの油濃いものから去つてしまつた、肉食よりも菜食が好きになつてゐる。
鯖の刺身でビール(このビールは昨夜T子さんが持つてきてくれたその一本だ)、ゼイタクだな。
畑の麦刈がはじまつた。
そこらの青梅を十個ばかり盗んで梅焼酎をこしらへた。
昨日植ゑたトマトへ支へ竹をして肥水を与へる、威勢よくそよいでゐる、これでこの夏もトマトのおいしいのが食べられる。
しづかな一日だつた、しづかな私自身でもあつた。
[#ここから2字下げ]
 朝風の青梅をぬすむ五つ六つ
 家は青葉の中からアンテナ
・郵便がなぜ来ない朝から雀のおしやべり
・青葉あかるくげつそりと年とつた鏡の顔
・これが今日のをはりの一杯をいただく
[#ここで字下げ終わり]

 五月廿五日[#「五月廿五日」に二重傍線]

快晴、身心さわやかである。
途上、兎の仔の可愛いのを見た、豚も仔はさすがにいやらしくない、それはそれとして、彼等はすべて、殺されて食べられるために養はれてゐるのだ、平気で食べる人間はどんな人間か(さういふ人間は二種ある、一は菩薩[#
前へ 次へ
全24ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
種田 山頭火 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング