て追憶に耽つた。
健が持つてきてくれた饅頭もうまかつたがカステイラもおいしいなあ(ぬけさうな歯が少々邪魔になる)。
今夜はとう/\一睡もできなかつた、終夜読書した。

 五月八日[#「五月八日」に二重傍線]

曇、風(風はさみしくてやりきれない)。
弱い身心となつたものかな、あゝ。
[#ここから2字下げ]
・山はひつそり暮れそめた霧のたちのぼる
・サイレンながう鳴りわたる今日のをはりの
・病みて一人の朝となり夕となる青葉
・雑草咲くや捨つべきものは捨てゝしまうて
・草や木や死にそこなうたわたしなれども
・五月の空の晴れて風吹く人間はなやむ
[#ここで字下げ終わり]

 五月九日[#「五月九日」に二重傍線]

曇、昨夜は眠れた、何よりも睡眠である。
初夏の朝、よいたより。
ちよつと街へ出て戻ると、誰やら来てゐる、思ひがけなく澄太君だ、酒と豆腐とを持つて。
ちび/\やつてゐるところへ、呂竹さんが見舞に来られた、これまた茶を持つて。
さらに樹明来、T子さん来庵。
風が吹いて落ちつけない、風には困る。
澄太来のよろこびを湯田まで延長する、よい湯、よい酒、よい飯、よい話、よい別れでもあつた、澄太君ほんたうありがたう、ありがたう。
夕暮、帰庵すると、飲みつゝある樹明を発見する、彼はまことに酒好きだ、少々酒に飲まれる方だが。
労れた、よい意味で、――今夜はよくねむれるだらうと喜んでゐると、T子再来、詰らない事を話して時間を空しくする、しめやかな雨となつたが寝苦しかつた、困つた。
[#ここから2字下げ]
・生きて戻つて五月の太陽
・けさは水音の[#「の」に「が」の注記]、よいことが[#「が」に「の」の注記]ありさうな
 葱坊主、わたしにもうれしいことがある
 湯あがりの、かきつばたまぶしいな(病後)
・竹の葉のうごく[#「うごく」に「そよぐ」の注記]ともなくしづかなり
・土は水はあかるく種をおろしたところ(苗代)
[#ここで字下げ終わり]

 五月十日[#「五月十日」に二重傍線]

雨、風、朝酒が残つてゐた、しめやかな一日だつた。
[#ここから2字下げ]
・いつまで生きることのホヤをみがくこと
・ひとりをれば蟻のみちつづいてくる
・草の青さできりぎりすもう生れてゐたか
・胡瓜植ゑるより胡瓜の虫が暑い太陽
 風ふくゆふべのたどんで飯たく(追加)
[#ここで字下げ終わり]

 五月十一
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