くると、庵には灯がついてゐる、敬坊が炬燵にぬく/\と寝てゐるのだつた。
酒と米とを持つてくることを忘れない彼は涙ぐましい友情を持ちつゞけてゐる、彼に幸福あれ、おとなしく飲んで、いつしよに寝る、一枚の蒲団も千枚かさねたほどあたゝかだつた。……
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・バスが通る水田の星もうるめいてゐるを戻る
 夢の女の手を握つたりなどして夢
・春めいた夜のわたしの寝言をきいてくれるあんな[#「な」に「マヽ」の注記]がゐてくれて(敬治君に)
・酔うていつしよに蒲団いちまい(敬君に、樹明君に)
・あんなところに灯が見える山が空がもう春
・ふたりでふみゆく落葉あたゝかし
 落葉ふんではふたりで枯枝ひらふなんど
・わたしが焚くほどの枯木はおとしてくれる山
・梅がひらいてそこに蓑虫のやすけさ
・をちこち畑うつその音もめつきり春
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 二月十日[#「二月十日」に二重傍線]

晴、朝は霜で冷えたが、日中はほんたうにぽか/\だつた。
アルコールのおかげで、ぐつすり寝られた、同時にそのまたおかげで胃が悪い、ありがたくもありありがたくもなし、か。
朝酒はうまし、朝茶もうまし、敬坊とふたりで、しめやかな朝飯をたべた、いつもかういふ調子だと……よすぎます!
葉も実もすつかりおとしてしまつた木のゆうぜんたるすがたはよいかな、うらやましいかな。
敬君が実家を見舞ふといふので、連れ立つて街へ。
帰庵して、間もなく敬君も来庵、餅を持つてきてくれた、それにしても其中庵は家庭よりも、そんなにいゝのだらうか!
樹明君から来信、今日午後、岐陽、呂竹の両君といつしよに、御馳走を携へてくるとのこと、日々好日、今日大好日。
彼等を待つ間のしんきくささ[#「しんきくささ」に傍点]に、二人で山を散歩する、……せめて、私たちの生活をして二二ヶ三[#「二二ヶ三」に傍点]ぐらゐであらしめたい、などゝ話しながら。……
待つてゐた三人がやつてきた、枯枝を焚いて酒をあたゝめ飯をたく、ヂンギスカン鍋[#「ヂンギスカン鍋」に傍点]はうまかつた、みんな酔ふた。
それから三人は街へ、どろ/\どろ/\になる、私は私の最後の一銭まではたいた。
私が最初に帰庵、それから敬君、最後に樹明君、一枚のフトン、一つのコタツに三人が寝た。
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・ふるつくふうふう逢ひたうなつた
   再録
・誰かきさうな雪がちらほら
・落葉ふんでは枯木をひらふあたゝかさ
・雀おどるや雲かげもなし
・ちようど酔のでたところが墓地で梅のさかり
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 二月十一日[#「二月十一日」に二重傍線]

旗日も祝日もあつたものぢやない、身心の憂欝[#「身心の憂欝」に傍点]やりどころなし、終日臥床、まるで生ける屍だ。
敬君やうやく帰宅、樹明君来庵、テル坊も(この称呼は樹明君にしたがふ)。
退一歩、そして進十歩、歩々新たなれ。
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・朝から小鳥はとべどもなけども
・かうしてこのまゝ死ぬることの、日がさしてきた
・壁にかげぼうしの寒いわたくしとして
・寒晴れ、誰もゐない火の燃えてゐる
・晴れてうつくしい草の葉の霜
・庵はこのまゝ萌えだした草にまかして
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 二月十二日[#「二月十二日」に二重傍線]

春日和です、私は終日終夜、寝床の中です。
酒も煙草もない一日一夜でした。
風呂はまことに結構でした、餅はたいへんおいしうございました。……
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・夜のふかうして薬鑵たぎるなり
 あの夜の梅が北朗作るところの壺(敬君に)
・いつも小鳥が、南天の実の赤さはある
・だん/\ばたけに人がきてゐる春の雪ふる
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 二月十三日[#「二月十三日」に二重傍線]

晴れてあたゝか、曇つてあたゝか、ぢつとしてゐても、出て歩いてもあたゝか。
樹明君を訪問して、切手と煙草と酒代とを貰つた。
倦怠、無力、不感。
夜を徹して句作推敲(この道の外に道なし、この道を精進せずにはゐられない)。
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・はれてひつそりとしてみのむし
・火鉢ひとつのあたゝかさで足る
・なむからたんのう御仏の餅をいたゞく
・ふくらうはふくらうでわたしはわたしでねむれない
・汽車のひゞきも夜あけらしい楢の葉の鳴る
・火の番そこから遠ざかるふくらう
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 二月十四日[#「二月十四日」に二重傍線]

今日は旧のお正月です、お寺の鐘が鳴ります、餅を貰ひに行きましよか、さうらうとして鉢の子をさゝげて。
どうも憂欝だ、無理に一杯ひつかけたら、より憂欝になつた、年はとりたくないものだとつく/″\思ふ。
畑仕事を少々やつてみたが、ます/\憂欝になる、読書すればいよ/\憂欝だ。
春風よ、吹きだしてくれ、私は鉢の子一つに身心を托して出かけやう、へう/\として歩かなければ、ほんたうの山頭火[#「ほんたうの山頭火」に傍点]ではないのだ!
旧暦のお正月だといふのに、百姓は田を耕やしたり、畑を打つたり、洗濯をしたり、大根を刻んだりしてゐる、こゝにも農村窮乏の色が見えるといへるだらう。
思ひがけなく、東京の修君からたよりがあつた、彼も私とおなじく落伍者、劣敗者の一人だ、そして妻君にこづかれてゐる良人だ、幸にして彼にはまだ多少の資産が残つてをり、孝行な息子があり、世才がないこともないので、東京で親子水入らずの、そして時々はうるさいこともある生活をつゞけてゐるらしい、修君よ、山の神にさわるなかれ、さわらぬ神にたたりなしといふではありませんか!
夕、樹明君に招かれて宿直室へ出かける、うまい酒うまい飯だつた、そのまゝ泊る、あたゝかい寝床だつた。
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・寒[#(ン)]空のからりと晴れて柿の木
・ふくらうがふくらうに月は冴えかへる
・よつぴて啼いてふくらうの月
・冴えかへる月のふくらうとわたくし
・恋のふくらうの冴えかへるかな
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 二月十五日[#「二月十五日」に二重傍線]

雪、雪はうつくしいかな、雪の小鳥も雪の枯草も。
わらやふるゆきつもる[#「わらやふるゆきつもる」に傍点]――これは井師の作で、私の書斎を飾る短冊に書かれた句であるが、今日の其中庵はそのまゝの風景情趣であつた。
ふりつもる雪を観るにつけても、おもひだすのは一昨年の春、九州を歩いてゐるとき、宿銭がなくて雪中行乞をしたみじめさであつた(如法の行乞でないから)、そのとき、私の口をついて出た句――雪の法衣の重うなりゆくを[#「雪の法衣の重うなりゆくを」に傍点]――その句を忘れることができない。
裏山のうつくしさはどうだ、私はしん/\とふりしきる雪にしんみりと立つてゐる山の雪景色に見惚れた。
地下足袋を穿いて、尻からげで、石油買ひに街へ出る、チヤンチヤン(このあたりではソデナシといふ)を着たおぢいさんの姿には我ながら吹きだしたくなつた、そして、アーブラ買ひにチヤア買ひに、といふ童謡を思ひだして泣きたくなつた。
雪の日の庵はいよ/\閑寂なり、閑寂を愛するは日本人老来の伝統趣味なり、私は幸福なるかな。
樹明君から聞いて。――
Tさんはとう/\死んださうな、葬式には私も列したいと思ふ、読経回向しなければならない、Tさんは不幸な人だつた、幼にして母を失ひ、継母にいぢめられ、やゝ長じては父に死なれて、多少の遺産を守るに苦しんだ、そしてさらに不治の病気に犯され、青春の悦楽をも味ふことが出来なかつた、彼は樹明君の幼馴染であり、その縁をたどつて、私は一昨年の夏、庵が整ふまで、一ヶ月ばかりの間、その離座敷に起臥してゐた、彼は善良な人間だつた、句作したいといつて、私の句集なども読んでくれた、私は彼の余命がいくばくもなからうことを予感してゐたが、……樹明君は情にあつい人である、Tさんの友達としては樹明君だけだつたらしい、樹明君は病床のTさんを度々おとづれて、或る時は、東京音頭を唄うて、しかも踊つて慰めたといふ、病んで寂しがるTさんと酔うて踊る樹明君との人間的感応を考へるとき、私は涙ぐましくならざるを得ない。
晩の雑炊はおいしかつた、どうも私は食べ過ぎる(飲み過ぎるのは是非もないが)、一日二食にするか、一食は必らずお粥にしよう(胃拡張[#「胃拡張」に傍点]はルンペン病の一つだ、いや貧乏人はみんな胃拡張だ、腹いつぱい食べたい、といふのが彼等の念願だから、そして彼等は満腹感を味はなければ、食べた気持になれないのである、おいしいものを少し、よりも、まづくても多くを欲求するのである)。
何を食べてもうまい[#「何を食べてもうまい」に傍点]! 私は何と幸福者だらう、これも貧乏と行乞[#「貧乏と行乞」に傍点]とのおかげである。
句作道は即ち成仏道[#「句作道は即ち成仏道」に傍点]だ、句を味ふこと、句を作ることは、私にあつては、人生を味ふこと、生活を深めることだ。
主観と客観とが渾然一如となる、或は、自己と自然とが融合する、といふことも二つの形態に分けて考察するのがよい、即ち、融け込む人と融かし込む人[#「融け込む人と融かし込む人」に傍点]、言ひ換へれば、自己を自然のふところになげいれる人と、自然を自己にうちこむ人と二通りある、しかし、どちらも自然即自己[#「自然即自己」に傍点]、自己即自然[#「自己即自然」に傍点]の境地にあることに相違はないのである。
人間に想像[#「想像」に傍点]や空想[#「空想」に傍点]を許さないならば、そこには芸術はない、芸術上の真実[#「芸術上の真実」に傍点]は生活的事実[#「生活的事実」に傍点]から出て来るが、真実は必ずしも事実ではない(事実が必ずしも真実でないやうに)、芸術家の心に於て、ありたいこと[#「ありたいこと」に傍点]、あらねばならないこと[#「あらねばならないこと」に傍点]、あらずにはゐられないこと[#「あらずにはゐられないこと」に傍点]、それは芸術家の真実であり、制作の内容となるのである。
内容[#「内容」に傍点]は形式[#「形式」に傍点]を規定する、同時に、形式も内容を規定する、しかし、私は内容が形式を規定する芸術を制作したい。
俳句的内容を持つて俳句的形式を活かす俳人[#「俳句的内容を持つて俳句的形式を活かす俳人」に傍点]でありたいのである。
高くして強き感情[#「高くして強き感情」に傍点]、何物をも――自己をも燃焼せしめずにはおかないほどの感情、その感情から芸術――詩は生れる、自己燃焼がやがて自己表現である[#「自己燃焼がやがて自己表現である」に傍点]。
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・お正月の小鳥がうたひつつうたれた
・お正月も降つたり照つたり畑を打つ
・降つては晴れる土にこやしをあたへる
 木の実があつて鳥がゐて山がしづけく
・竹をきる風がふきだした
 風ふく日かなほころびを縫ふ
・いちはやく伸びて咲いたるなづなであつた
・握りあはした手に手のあかぎれ(農村風景)
・ほほけすすきのいつまでも春めいてきた
 雪をかぶりて梅はしづかなる花
・雪、最初の足あとで行く
・雪へ轍の一すぢのあと
・雪をふんで郵便やさんよいたよりを持つてきた
・雪ふる火を焚いてひとり
・ひとつやにひとりの人で雪のふる
・ゆきふるだまつてゐる
・春の雪のすぐとける街のいそがしくなる
・雪の小鳥がかたまつて食べるものがない
・すすきに雪の、小鳥はうたふ
・誰も来ない木から木へすべる雪
・雪あかりの、足袋のやぶれからつまさき
・雪のあかるさが家いつぱいのしづけさ
・春の雪のもうとけて山のしめやかないろ
・このみちいつもおとしてゐる枯枝ひらふ
・少年の夢のよみがへりくる雪をたべても
・濡れて枯草の水をくみあげる
 こやしやつたらよい雨となつた葱や大根や
・一つあれば事足るくらしの火を燃やす
・北朗作るところの壺の水仙みんなひらいた
・こちらをむいて椿いちりんしづかな机
・身にちかくふくらうがまよなかの声
・月がうらへまはつても木かげ
 霜晴うらゝかな鰹節を削ります(桂子さんに)
・『とかく女といふものは』ふくらうがなきます
[#ここで字下げ終わり]

 二月十六
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