れど、間違なく、十中の十まで帰庵するとは信じてゐなかつた、彼も人間である、浮世の事はなか/\思ふやうにはならない、多分帰庵するだらうとは思ふけれど、或は帰庵しないかも知れないと思ふ、だから私は今夜失望しないではなかつたけれども、あんまり失望はしなかつた、ひとりしづかにハムを食べ、ほうれんさうのおひたしを食べて、ひとりしづかに寝た、――これは敬坊を信じないのではない、人生の不如意を知つてゐるからである。
石油がきれたのには困つた、先日来の不眠症で、本でも読んでゐないと、長い夜がいよ/\ます/\長くなるのである。
銭がほしいな、一杯やりたいな、と思つたところでいたし方もありません。
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・林のなかへうしろすがたのふりだした春雪(敬治君に)
 昼はみそさゞい、夜はふくらうの月が出た(追加一句)
・寝ざめ雪ふるさびしがるではないが
・雪が霙となりおもひうかべてゐる顔
・ひとりへひとりがきていつしよにぬくうねる(旧友来庵)
・梅はさかりの雪となつただん/\ばたけ
 雪を見てゐるさびしい微笑
・雪のしたゝり誰もこないランプを消して
 恋のふくらうの逢へら[#「へら」に「マヽ」の注記]しい声も更けた
・枯れた葉の枯れぬ葉の、日のさせば藪柑子
・風の鴉の家ちかく来ては啼く
 あんたは酒を、あんたはハムを、わたくしは御飯を炊く(敬治、樹明両君に)
 ふたりいつしよに寝て話す古くさい夢ばかり
・枯れて草も木もわたくしもゆふ影をもつ
・ぬかるみのもう春めいた風である
・まがらうとしてもうたんぽゝの花
・大根も春菊もおしまいの夕空
・ふるつくふうふう酔ひざめのからだよろめく
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 二月九日[#「二月九日」に二重傍線]

朝は曇つて寒くて、いまに雪でもふりだしさうだつたが、だん/\晴れてきてぬくうなつた、吹く風はつめたいけれど。
山をあるく、風がさわがしい、枯枝をふんで寂しい微笑[#「寂しい微笑」に傍点]をさがすといふのが、ロマンチケルだ。
午後、岐陽さん呂竹さん、来庵、珍品かたじけなし、といふ訳で、さつそく一杯やつて御馳走ちようだい、うまい/\。
敬坊はいまだに帰らない、アヤシイゾ!
街へ出かけるとて、書きのこして曰く、アブラ[#「アブラ」に傍点](いろ/\のアブラ)買ひに! よかつたね!
やりきれなくなつて、街まで出かけて熱い湯にはいる、戻つてくると、庵には灯がついてゐる、敬坊が炬燵にぬく/\と寝てゐるのだつた。
酒と米とを持つてくることを忘れない彼は涙ぐましい友情を持ちつゞけてゐる、彼に幸福あれ、おとなしく飲んで、いつしよに寝る、一枚の蒲団も千枚かさねたほどあたゝかだつた。……
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・バスが通る水田の星もうるめいてゐるを戻る
 夢の女の手を握つたりなどして夢
・春めいた夜のわたしの寝言をきいてくれるあんな[#「な」に「マヽ」の注記]がゐてくれて(敬治君に)
・酔うていつしよに蒲団いちまい(敬君に、樹明君に)
・あんなところに灯が見える山が空がもう春
・ふたりでふみゆく落葉あたゝかし
 落葉ふんではふたりで枯枝ひらふなんど
・わたしが焚くほどの枯木はおとしてくれる山
・梅がひらいてそこに蓑虫のやすけさ
・をちこち畑うつその音もめつきり春
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 二月十日[#「二月十日」に二重傍線]

晴、朝は霜で冷えたが、日中はほんたうにぽか/\だつた。
アルコールのおかげで、ぐつすり寝られた、同時にそのまたおかげで胃が悪い、ありがたくもありありがたくもなし、か。
朝酒はうまし、朝茶もうまし、敬坊とふたりで、しめやかな朝飯をたべた、いつもかういふ調子だと……よすぎます!
葉も実もすつかりおとしてしまつた木のゆうぜんたるすがたはよいかな、うらやましいかな。
敬君が実家を見舞ふといふので、連れ立つて街へ。
帰庵して、間もなく敬君も来庵、餅を持つてきてくれた、それにしても其中庵は家庭よりも、そんなにいゝのだらうか!
樹明君から来信、今日午後、岐陽、呂竹の両君といつしよに、御馳走を携へてくるとのこと、日々好日、今日大好日。
彼等を待つ間のしんきくささ[#「しんきくささ」に傍点]に、二人で山を散歩する、……せめて、私たちの生活をして二二ヶ三[#「二二ヶ三」に傍点]ぐらゐであらしめたい、などゝ話しながら。……
待つてゐた三人がやつてきた、枯枝を焚いて酒をあたゝめ飯をたく、ヂンギスカン鍋[#「ヂンギスカン鍋」に傍点]はうまかつた、みんな酔ふた。
それから三人は街へ、どろ/\どろ/\になる、私は私の最後の一銭まではたいた。
私が最初に帰庵、それから敬君、最後に樹明君、一枚のフトン、一つのコタツに三人が寝た。
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・ふるつくふうふう逢ひたうなつた
   再録
・誰かきさうな雪が
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