ちらほら
・落葉ふんでは枯木をひらふあたゝかさ
・雀おどるや雲かげもなし
・ちようど酔のでたところが墓地で梅のさかり
[#ここで字下げ終わり]

 二月十一日[#「二月十一日」に二重傍線]

旗日も祝日もあつたものぢやない、身心の憂欝[#「身心の憂欝」に傍点]やりどころなし、終日臥床、まるで生ける屍だ。
敬君やうやく帰宅、樹明君来庵、テル坊も(この称呼は樹明君にしたがふ)。
退一歩、そして進十歩、歩々新たなれ。
[#ここから2字下げ]
・朝から小鳥はとべどもなけども
・かうしてこのまゝ死ぬることの、日がさしてきた
・壁にかげぼうしの寒いわたくしとして
・寒晴れ、誰もゐない火の燃えてゐる
・晴れてうつくしい草の葉の霜
・庵はこのまゝ萌えだした草にまかして
[#ここで字下げ終わり]

 二月十二日[#「二月十二日」に二重傍線]

春日和です、私は終日終夜、寝床の中です。
酒も煙草もない一日一夜でした。
風呂はまことに結構でした、餅はたいへんおいしうございました。……
[#ここから2字下げ]
・夜のふかうして薬鑵たぎるなり
 あの夜の梅が北朗作るところの壺(敬君に)
・いつも小鳥が、南天の実の赤さはある
・だん/\ばたけに人がきてゐる春の雪ふる
[#ここで字下げ終わり]

 二月十三日[#「二月十三日」に二重傍線]

晴れてあたゝか、曇つてあたゝか、ぢつとしてゐても、出て歩いてもあたゝか。
樹明君を訪問して、切手と煙草と酒代とを貰つた。
倦怠、無力、不感。
夜を徹して句作推敲(この道の外に道なし、この道を精進せずにはゐられない)。
[#ここから2字下げ]
・はれてひつそりとしてみのむし
・火鉢ひとつのあたゝかさで足る
・なむからたんのう御仏の餅をいたゞく
・ふくらうはふくらうでわたしはわたしでねむれない
・汽車のひゞきも夜あけらしい楢の葉の鳴る
・火の番そこから遠ざかるふくらう
[#ここで字下げ終わり]

 二月十四日[#「二月十四日」に二重傍線]

今日は旧のお正月です、お寺の鐘が鳴ります、餅を貰ひに行きましよか、さうらうとして鉢の子をさゝげて。
どうも憂欝だ、無理に一杯ひつかけたら、より憂欝になつた、年はとりたくないものだとつく/″\思ふ。
畑仕事を少々やつてみたが、ます/\憂欝になる、読書すればいよ/\憂欝だ。
春風よ、吹きだしてくれ、私は鉢の子一つに身心を托して出かけやう、へう/\として歩かなければ、ほんたうの山頭火[#「ほんたうの山頭火」に傍点]ではないのだ!
旧暦のお正月だといふのに、百姓は田を耕やしたり、畑を打つたり、洗濯をしたり、大根を刻んだりしてゐる、こゝにも農村窮乏の色が見えるといへるだらう。
思ひがけなく、東京の修君からたよりがあつた、彼も私とおなじく落伍者、劣敗者の一人だ、そして妻君にこづかれてゐる良人だ、幸にして彼にはまだ多少の資産が残つてをり、孝行な息子があり、世才がないこともないので、東京で親子水入らずの、そして時々はうるさいこともある生活をつゞけてゐるらしい、修君よ、山の神にさわるなかれ、さわらぬ神にたたりなしといふではありませんか!
夕、樹明君に招かれて宿直室へ出かける、うまい酒うまい飯だつた、そのまゝ泊る、あたゝかい寝床だつた。
[#ここから2字下げ]
・寒[#(ン)]空のからりと晴れて柿の木
・ふくらうがふくらうに月は冴えかへる
・よつぴて啼いてふくらうの月
・冴えかへる月のふくらうとわたくし
・恋のふくらうの冴えかへるかな
[#ここで字下げ終わり]

 二月十五日[#「二月十五日」に二重傍線]

雪、雪はうつくしいかな、雪の小鳥も雪の枯草も。
わらやふるゆきつもる[#「わらやふるゆきつもる」に傍点]――これは井師の作で、私の書斎を飾る短冊に書かれた句であるが、今日の其中庵はそのまゝの風景情趣であつた。
ふりつもる雪を観るにつけても、おもひだすのは一昨年の春、九州を歩いてゐるとき、宿銭がなくて雪中行乞をしたみじめさであつた(如法の行乞でないから)、そのとき、私の口をついて出た句――雪の法衣の重うなりゆくを[#「雪の法衣の重うなりゆくを」に傍点]――その句を忘れることができない。
裏山のうつくしさはどうだ、私はしん/\とふりしきる雪にしんみりと立つてゐる山の雪景色に見惚れた。
地下足袋を穿いて、尻からげで、石油買ひに街へ出る、チヤンチヤン(このあたりではソデナシといふ)を着たおぢいさんの姿には我ながら吹きだしたくなつた、そして、アーブラ買ひにチヤア買ひに、といふ童謡を思ひだして泣きたくなつた。
雪の日の庵はいよ/\閑寂なり、閑寂を愛するは日本人老来の伝統趣味なり、私は幸福なるかな。
樹明君から聞いて。――
Tさんはとう/\死んださうな、葬式には私も列したいと思ふ、読経回向しなければならない、Tさん
前へ 次へ
全12ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
種田 山頭火 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング