かなうた
・枯草に落ちる葉のゆふなぎは
・ゆくほどに山路は木の実のおちるなど
・暮れてゆくほほけすゝきに雪のふる
・雪空おもたい街の灯の遠くまたたく
・冬夜の水をのむ肉体が音たてて
・ランプともせばわたしひとりの影が大きく
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二月七日[#「二月七日」に二重傍線]
快晴、身心やゝかるくなつたやうだ。
昨夜もねむれなかつた、ほとんど徹夜して読書した。
心が沈んでゆく、泥沼に落ちたやうに、――しづかにして落ちつけない、落ちついてゐていら/\する、それは生理的には酒精中毒[#「酒精中毒」に傍点]、心理的には孤独感[#「孤独感」に傍点]からきてゐることは、私自身に解りすぎるほど解つてはゐるが、さて、どうしようもないではないか!
その根本は何か、それは私の素質[#「私の素質」に傍点](temperament)そのもの[#「そのもの」に傍点]だ。
生きてゐることが苦しくなつてくる、といつて、死ぬることは何となく恐しい、生死去来は生死去来なり[#「生死去来は生死去来なり」に傍点]といふ覚悟は持つてゐるつもりだけれど、いまの[#「いまの」に傍点]、こゝの[#「こゝの」に傍点]、わたし[#「わたし」に傍点]はカルモチンによつてゞもゴマカすより外はない!
シヨウチユウを二杯ひつかけてきた、むろんカケだ、そして樹明君を訪ねて話す。
風、風がふく、風はさびしい。
昼寝、何ぞ夢の多きや、悪夢の連続だつた。
ほうれん草を摘んで食べた、ほうれん草はうまいかな。
ゆふべ、ぢつとしてゐるにたへなくて山をあるく、この身心のやりどころがないのだ、泣いても笑ふても、腹を立てゝも私一人なのだ。
蓑虫がぶらりとさがつてゐる、蓑虫よ、殼の中は平安だらう、人間の私は虫のお前をうらやむよ。
炬燵をのけたら、何となく寂しい、炬燵は日本の伝統生活を象徴する道具の一つである、家庭生活が炬燵をめぐつて営まれるのである、囲爐裏がさうであるやうに。
火といふものはまことになつかしい、うれしい、ありがたいものである、ぬくい[#「ぬくい」に傍点]といふよりあたゝかい[#「あたゝかい」に傍点]といふ言葉がそれをよく表現する、肉体をぬくめると同時に心をあたゝめてくれる。
乞食や流浪者はよく焚火をするといふ、私もよく火を焚くのである、そして孤独のもつれをほぐすのである。……
待つてゐた敬坊がやつてきてくれた、間もなく樹明君もきてくれた、お土産の般若湯がうまいことうまいこと。
それから三人で雨の中を街へ、ほどよく飲み直して戻る、樹明君よく帰りましたね、敬治君よく泊りましたね、そして山頭火もよく寝ましたよ。
ほんに、とろ/\ぐう/\だつた!
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・あんたがくるといふけさの椿にめじろ(敬治君に)
・日が照る草は枯れて石仏
・こゝろあらためて霜の大根をぬく
大根の、大きいの小さいのが霜ばしら
葉のない枝が、いつしかみのむしもゐない
・竹の葉に風のあるひとりでゐる
・石ころを蹴とばして枯山
・やりきれない冬空のくもつてくる
・ふめばさく/\落葉のよろし
・冬空の、この道のどこへ、あるく
・さいて、かげする花のちる
・あるけば冬草のうつくしいみち
・ウソをいつたがさびしい月のでゝゐる
・ウソをいはないあんたと冬空のした(樹明君に)
・冬の山が鳴る人を待つ日は
かきよせて、おこつた炭ではあるけれど
・火鉢もひとつのしづかなるかな
・椿が咲いても眼白が啼いても風がふく
・竹があつて年をとつて梅咲いてゐる
・手をひいて負うて抱いて冬日の母親として
・このさびしさは山のどこから枯れた風
・蓑虫の風にふかれてゐることも
・風ふくゆふべの煙管をみがく
追加
・枯野をあるいてきて子供はないかなどゝいはれて
・ゆふ空へゆつたりと春めいた山
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二月八日[#「二月八日」に二重傍線]
日が射してゐたが、雪となつた、春の粉雪がさら/\とふる、もう春だ、春だとよろこぶ。
敬坊は県庁へ、私は身辺をかたづける。
朝の紅茶はおいしかつた、樹明君ありがたう。
友からあたゝかいたよりのかず/\、ありがたう、ありがたう。
小鳥よ、猟銃のひゞきは呪はしいかな。
老眼がひどくなつて読書するのにどうも工合が悪い、妙なもので、老眼は老眼として、近眼は近眼として悪くなる、ちようど、彼女に対して、憎悪は憎悪として、感謝は感謝として強くなるやうに。
夕、樹明来、ハムを持つて、――敬坊不帰、ハテナ!
鰹節を削りつゝ、それを贈つてくれた友の心を感じる、桂子さん、ありがたう。
年齢は期待といふことを弱める、私はあまり物事を予期しないやうになつてゐる、予期することが多いほど、失望することも多い、期待すれば期待するだけ裏切られるのである、例へば、今日でも、敬坊の帰庵を待つてはゐたけ
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