星城子君我儘不出勤、自から称して禄盗人といふ、いつしよにぶらぶら歩いて到津遊園鑑賞。
動物園はおもしろい、獅子、虎、熊、孔雀、兎、鶴、等々には好感が持てるが、狐、狸、猿、鸚鵡、等々には好感が持てない、殊に狐は悪感をよぶばかりだ。
七面鳥はおしやれ、鳩はさびしがりや、鶴はブルヂヨア、いやさインテリゲンチヤ、鸚鵡はどうした、考深さうに首をかしげてゐる!
総じて、獣よりも鳥が好き、人間は人間にヨリ遠いものほど反感をうすらげますね。
星城子なげくところの犬の墓を見た。
顔は生活気分を表象する[#「顔は生活気分を表象する」に傍点]、私の顔の変化についての、星城子君の言説は首肯する。
ちよつと四有三居訪問、「一即二」の額がまづ眼についた、井師がよく出てゐる。
それから小城さんの白雲閣を襲ふ、赤ん坊が生れてゐる、おめでたい、主人がすゝめられるまゝに、二階で飲む、牛肉がうまいやうに芋がらもうまかつた、酒のうまさは握飯のそれに匹敵した。
星城子君は飲めないから飲まない、山頭火君は飲めるから飲む、などゝ、小城さん思つたかどうだか。……
暮れてお暇乞する、次良さんの事を話しながら戻つた、二[#「二」に「マヽ」の注記]郎さんは不幸な人だ、彼の善良と不幸とは正比例してゐる。
読書するつもりだつたが、しぜん眼があけてゐられなくなつた。
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   到津遊園
・人影ちらほらとあたゝかく獅子も虎もねむつてゐる
   白雲閣即事二句
・お産かるかつたよかつた青木の実
・訪ねて逢へて赤ん坊生れてゐた
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 二月廿二日[#「二月廿二日」に二重傍線]

曇、何か降つてきさうだ。
九時、星城子さんは役所へ、私はアスフアルトの街道へ。
星城子さんは好きだけれど、八幡は好かない。
小倉の寝十方花庵を訪ねる、庵主不在、奥様と話しながらよばれる、酒は飲んでも飯は食べない、お嬢さんはホガラカで、しごくよろしい。
降りだした、濡れて戸畑へ、そして若松へ。
病院で入雲洞君に逢ふ、退けるまで待つて、また戸畑へ、入雲洞居へ、あつい風呂はうれしかつた、酒も肴もおいしかつた、奥さんはお留守で、すべてが主人みづからの心づくしだ。
病院は病院くさい、それでよいのだらうけれど、まめでたつしやな私は嫌だ。
食べられるだけ食べて、いや、そのまへに飲めるだけ飲んで、さてこれから寝られるだけ寝ればよい。
今日は風が吹いた、風は禁物だ、ルンペンのからだへ吹きつける風のさびしさよ。
飲んで食べてから、入雲洞も出かけてゆく、奥さんが手伝してゐる近所の婚礼へ、――私はまづ留守番といつた体、ほろ酔で漫読、よろしうございます。
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・みちはうねつてのぼつてゆく春の山
・これでも住める橋下の小屋の火が燃える
・放送塔を目じるしにたづねあてた風のなか
・さてどちらへ行かう風のふく
・招かれない客でお留守でラヂオは浪花節
・さんざ濡れてきた旅の法衣をしぼる
   若松病院
・病人かろ/″\とヱレ※[#濁点付き片仮名ヱ、1−7−84][#「※[#濁点付き片仮名ヱ、1−7−84]」に「マヽ」の注記]ーターがはこんでいつた
   戸畑から若松へ、入雲洞君に
・あんたとわたしをつないで雨ふる渡船
 宿直室も灯されて裸体像などが
・待たされてゐる水音の暮れてゆく
・宵月のポストはあつた旅のたよりを
・旅のたよりも塗りかへてあるポスト
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 二月二十三日[#「二月二十三日」に二重傍線]

晴、すこし風はつめたいが春がきてゐることに間違はない。
もつたいなくも朝酒頂戴。
入君は出勤、私は足にまかせて街をあるきまはる、やつぱりこゝもたべものや[#「たべものや」に傍点]が多い、工場町、漁港町はどこでもさうだが。
入雲洞君の喜捨で理髪する、身心さつぱりして、先日来の欝屈がほぐれた。
昨日も今日も(多分明日もまた)行乞は駄目、当分行乞なんか出来さうにない、やつぱり私はまだ平静をとりかへしてゐない。
午後は読書、こんなに我儘ではいけないとも思ひ、これだけ他の供養をうけてはすまないとは思ふのだが。――
夜は句会、とほる君、箕三楼君、入雲洞君、そして私、つゝましい、たのしい会合だつた。
よく寝られたが、よく夢も見た、その夢は苦しい夢だつた、夢は妄想執着のあらはれだ、夢を見ないやうになりたいものだ。
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   戸畑漁港(一)
 金バス銀バス渡船も旗立てゝ春風に(廿三日奉祝)
・海から風はまだ寒い大福餅《ダイフク》をならべ
・クレーンおもむろに春がきてゐる空
 やたらに汽笛が鳴ると[#「と」に「マヽ」の注記]つしりと舫つた汽船《フネ》
・今日がはじまる七輪の石炭《スミ》が燃えさかる
・バツト吸ひきれば重い貨物で
 朝から安来節《ヤスキ》で裏は鉄
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