な句かよ[#ここで割り注終わり])
・ほしものほどようほせた藤の花
・ゆふべしめやかな土へまいてゆく
・影は若葉で柿の若葉で(十二日の月)
・ずんぶりぬれて枯れて一本松(追加)
今日の買物
一、七銭 バツト
一、四銭 なでしこ
一、十二銭 醤油
一、十二銭 いりこ
一、十銭 マツチ
一、弐十弐銭 焼酎
一、弐十弐銭 白米
一、三銭 酢
一、三銭 菓子
一、五銭 湯札
(入金壱円五十銭)
一、十七銭 魚
(借)
一、九十五銭 酒
[#ここで字下げ終わり]
五月七日[#「五月七日」に二重傍線]
晴、待つてゐる。――
黎々火さんが予想よりも早くやつてきてくれた、草花の苗をどつさり持つて、――さつそく植ゑる、――縞萱、小米桜、桔梗、雁皮草、熊笹蘭、友禅菊、秋田蕗、等、等。――
萱と蕗とがとりわけて気に入りました、ありがたう、ありがたう、君は純な若人である、私はまた一人のよい友をめぐまれた。
樹明君が悪酔姿でやつてくる、昨夜の酒が酒をよんだらしい、バリカン(昨夜わざと置いていつた)を眺めながら、頭を撫でながら、ひそかに案じてゐたが、やつぱり案じた通りだつたらしい、樹明君よ、独りで呷る酒はよくない、さういふ酒から離れて下さい、頼みます。
夕方、みんな別れる、私はまた一人となつて月を眺めた、今日はまことにしめやかな一日であつた、酒なしの、おいしい御飯をたべたゞけでも。
[#ここから2字下げ]
日の照る若葉はゆらぐともなく
・草の葉ふかくきり/″\すのをさなさよ
・ぢつとしてたんぽゝのちる
・放たれて馬にどつさり若草がある
・夏山のせまりくる水をくみあげる
・からころ/\水くみにゆく
・月あかりの筍がつちり
・蕗の葉の大きさや月かげいつぱい
・月のあかるい別れ姿で
[#ここで字下げ終わり]
五月八日[#「五月八日」に二重傍線]
曇、暑くもなく寒くもない、まさに行乞日和。
草花を見まはる、やつぱり秋田蕗がよいな。
九時頃から四時頃まで嘉川行乞、まことに久しぶりの行乞だつた、行乞相も悪くなかつた。
嘉川は折からお釈迦様の縁日、たいへんな人出、活動写真、節劇、見世物、食堂出張店、露店がずらりと並んでゐた、どの家でも御馳走をこしらへてお客がゐた、朝から風呂も沸いてゐた、着飾つた娘さん、気取つた青年が右徃左徃してゐた、その間を私と、そしてオイチ薬売とが通るのは時代逆行的景観であつた、そして空腹へ焼酎一杯は私をほろ/\させるに十分だつた、何とまあ自動車の埃、まつたく貧乏人はみじめですね。
帰庵して冷飯を詰め込んだところへ、ひようぜんとして樹明来、そして私もひようぜんとして、いつしよにまたお釈迦様へ、おかげで人、人、埃、埃、その中をくぐつていつて、腰掛で飲む、一杯二杯三杯、十杯二十杯三十杯、――自動車で小郡駅へ、それから窟へ、おばさんのところへ、それでも庵へもどつて雑魚寝、少し金を費はせすぎて気の毒でもあり相済まなかつた。
今夜は窟で大にうたつた、樹明君も私も調子を合せて、隣室の若衆を沈黙さしたほどうたつた、身心がすうとした。
[#ここから2字下げ]
・村はおまつり、家から家へ、若葉のくもり(行乞)
・蕗の葉のまんなかまさしく青蛙
・若葉、高圧線がはしる
・水底の月のたたへてゐる
麦の穂、ごた/\店をならべて(釈迦市)
やつぱり私は月がある路を私の寝床まで
本日の行乞所得
白米 二升八合
現金 二十三銭
[#ここで字下げ終わり]
五月九日[#「五月九日」に二重傍線]
晴、酔うて労れて、いつもより寝過した、六時前ではあつたが。
樹明君は腫れぽつたい顔をしてゐる、お茶も御飯も食べないで、さう/\帰つていつた。
私も過飲過食で胃が悪い、とても秋穂行乞はやれさうもないので、地べたに莚をしいて寝た、土が何より薬だ、土のなごやかなつめたさ[#「土のなごやかなつめたさ」に傍点]が身心のつかれを癒やしてくれます。
過ぎたるは及ばざるにしかず、――酒の場合に於て最も然り、そして、過ぎやすく及びやすし――最も然り。
終日無言、悠然観山、一切無事。
十五夜の月はうつくしかつた。
ぐつすりねむつた、たんぼでもねむられるからありがたい。
[#ここから2字下げ]
・ひなたの葉をひろげてやる(秋田蕗移植)
・若葉しづもりまんまるい月が
・ゆふべひとときはさびしい若葉で
[#ここで字下げ終わり]
五月十日[#「五月十日」に二重傍線]
晴、行乞しなくちやならない、どれ出かけやう。
出かけることは出かけたが、風が吹くし留守が多いし、気分もよくないので、中途から引き返した、行乞所得は――
[#ここから2字下げ]
白米 七合
銭 六銭
[#ここで字下げ終わり]
間引菜のお汁はおいしかつた。
[#ここから2字下げ]
・人がきたよな枇杷の葉のおちるだけ
・生きられるだけは生きやう草萠ゆる
(追加二句)
・萠ゆる草枯るる草に風が強い
・晴れて風ふき仕事を持たない
・やつぱりひとりがよよ[#「よ」に「マヽ」の注記]しいい[#「い」に「マヽ」の注記]雑草(再録)
[#ここで字下げ終わり]
五月十一日[#「五月十一日」に二重傍線]
起きてまづ空を仰ぐ、そして日暦をめくり捨てる、――けふもすばらしいお天気だ、あれこれしてゐるうちにおそくなつて、とう/\行乞に出そこなつてしまつた。
[#ここから2字下げ]
・どうにもならない矛盾が炎天
・けふは蕗をつみ蕗をたべ(訂正再録)
・ゆふべはよみがへる葉の大きく青く
・のぼりつめたる蟻の青空
・やつと芽がでたこれこそ大根
・なんとかしたい草の葉のそよげども
行乞
・つかれてもどるそらまめのはな(再録)
・草にうづもれうれしい石かな
わかれてのぼる月をみて
・ふるつくふうふう月がぼ[#「がぼ」に「マヽ」の注記]る
[#ここで字下げ終わり]
Kおばさんがヒヨコリと来た、掛取かとビク/\したが、そこまで来たので、そしてその人を待つてゐるので、チヨツと寄りましたといふ、といふ訳で、安心して三十分ばかり四方山の話をした。
松蝉がなく、柿が花をつけた、蛙もうたふ。
茶の試製をやつた、珍妙な茶ができた、これでも無いより有る方がよい。
樹明君がきて、飯を御馳走になりたいとは! 酒を飲む君の顔はかゞやいてゐるが、飯を食べる姿は、あゝ、みじめだつた、私もさみしいけれど、君はもつとさみしさうだつた。
生活にムリがあつてはいけない、ウソがあつては助からない。
五月十二日[#「五月十二日」に二重傍線]
晴、上々吉の天候でもあり気分でもあつた。
旅立の用意いろ/\、これも身心整理の一端だ。
八時頃から行乞と出かける、山口まで急行、四時間あまり行乞、帰庵の途中――農学校附近で、六時のサイレンを聞いた。
新聞も今日限りで一時購読中止。
行乞は自他を省察せしめる、人さま/″\の心かな。
空腹(昼食ぬきなので)へ焼酎一杯はうまかつた、うまかつた。
[#ここから2字下げ]
本日の行乞所得
米 一升二合
銭 四十七銭
[#ここで字下げ終わり]
黎々火さんの手紙はあたゝかだつた、樹明さんはどんな様子か、血族と絶縁してしまつた私には友がなつかしくてならない。
[#ここから2字下げ]
・雀したしや若葉のひかりも
・若葉はれ/″\と雀の親子
・いちにち石をきざむや葉ざくらのかげ
・ツルバシぶちこんで熱い息はいて
[#ここで字下げ終わり]
五月十三日[#「五月十三日」に二重傍線] 朝から
『行乞記』
五月十九日[#「五月十九日」に二重傍線] 夕まで
底本:「山頭火全集 第五巻」春陽堂書店
1986(昭和61)年11月30日第1刷発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:小林繁雄
校正:仙酔ゑびす
2009年1月18日作成
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