ふ次第だらう。
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街をあるけば街のせつなさ
山へのぼれば山のさみしさ
ひとりかなしみ
ひとりなぐさむ
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こんな小唄が出来るとは、私はどこまでも孤独な痴人だ!
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・山羊もめをとで鳴くうららかな日ざし
・一つが鳴けばみんな鳴く春の野の牛
・落ちては落ちては藪椿いつまでも咲く
・工夫にレールが長いエンヤラヤ
 春の野の汽鑵車がさかさまで走る
・春風のアスフアルトをしく
 水をへだてて笹鳴くやうまくなつたな
・山の椿のひらいては落ちる
・春の山をのぼる何でもない山
・山ふところはいちはやく蘭に莟をもたせ
・枯木のてつぺんで啼いてゐるのは渡鳥
・いちりん※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]しの椿いちりん
・春山をのぼる下駄が割れて
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 三月三十日[#「三月三十日」に二重傍線]

昨日の今日だから、さすがに胃腸の工合がよろしくない、酒の飲みすぎ、餅の食べすぎ、――お粥をこしらへる。
こゝろたのしく、朝、昼、晩、お粥ですました。
朝、樹明来、やつぱり昨夜は酔中彷徨だつたさうな、顔色がよくない。
午前中は山中漫歩、句と躑躅と土筆とを得た。
△貧乏はかまはないが、借金のない貧乏[#「借金のない貧乏」に傍点]でありたい。
人間山頭火[#「人間山頭火」に傍点]を観て下さい、俳人とか禅宗坊主とかいはないで。
また米がなくなつた、餅もなくなつた、私も空腹、仏様も、また鼠も!
△酒はいつもうまいが、春の酒よりも秋の酒。
なまけた一日、たべること第一。
ちしやが萎れて枯れるのは、搾取のためでなくて立枯病であることを教へられたので、まづ安心、さつそく灰を与へた。
△遊ぶ日の朝酒、働らいた日の晩酌。
自然を出来るだけ自然のまゝで味ふべし。
夕方、樹明君を通して敬治君から呼び出し、すぐ出かける、第一窟から宿直室へ、――酒、むきみ貝、樹、敬、山の三重奏、ぢやない、キミチヤンを加へて四重奏。
戻つて寝てゐたら、敬坊ひよろりと御入来、例の如くいつしよにごろ寝、まあ/\この程度の脱線ならよか/\。
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・鴉まつすぐに墓場まできてなく
 伐られなければならない樹の影の水しづかにも
・ひなたの六地蔵どれも首がない
・によきによき土筆がなんぼうでもある
・つかれて街からもどるそらまめの花
・誰か死にさうな鴉がカアとなくばかり
・穴から草の芽の空
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 三月三十一日[#「三月三十一日」に二重傍線]

曇后晴。
敬坊起きるよりヨーヨー、春はのどかである、間もなく出立帰宅。
うれしいたより、とりわけて緑平老からのそれはうれしいものであつた。
友人知己へのかへしに、『老来春来[#「老来春来」に傍点]共によろしく』とも『春は春風に吹かれて』とも書いた。
いよ/\春のあたゝかさとなつた、あたゝかくなるほどプロは助かる、足袋を穿かないだけでも。
△バスのほこりも春らしい。
△酒が酒を飲む[#「酒が酒を飲む」に傍点]――むしろそれがよいではないか。
やうやくにして亡母の持越法事を営む、案内したのは樹明氏だけ、とてもしめやかな酒だつた。
樹明君が今晩ほど悲しい顔をしてゐたことはない(昨夜の酔興を自省して)、そして今晩ほど嬉しい色になつたこともない(今晩の酒によつて心機一転して)、友よ、道の友よ、お互にしつかりやりませう。
快い睡眠をめぐまれた。
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 今日がはじまる日ざしを入れて
・一人が一人を見送るバスのほこり
  常套的小唄一つ
声をそろへて エンヤラヤ
力をあはせて エンヤラヤ
さてものどかな地つきかな
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 四月一日[#「四月一日」に二重傍線]

起きたのは五時前、何と身も心ものびやかな弥生のあけぼの!
霜がふつてゐる、なか/\つめたい。
三八九の仕事、倦けると畑いぢり、ほうれんさうはおしまひになつた。
花菜を水仙に活けかへる、水仙のつめたき[#「き」に「マヽ」の注記]もよいが花菜のあたゝかさもよい。
蛙がなき蟻がはひ蝶々がまふ、雑草の花ざかり(まだ早いが)。
白木蓮が咲いてゐた、その花のうつくしさよりも、その花にまつはるおもひでがさびしかつた。
学校からの帰途、樹明君が立ち寄る、待つても待つても敬治君は来ない、二人とも少し憤慨して、二三杯やつて別れる。
敬治君はとう/\来なかつた、何か事故が突発したのだらう、とにかく無事であつてくれ。
人間は人形ぢやない[#「人間は人形ぢやない」に傍点]、――これは大切な事だ、人間は人形ぢやないから、人間は人形には解らない。
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・こぼれ菜の花や霜どけ
 春霜の菜葉を摘んでおつけの実
 お花をきれば春霜のしたたり
 
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