仕事屑が捨ててあるそこら雪の下
 やうやくたづねあてた家で牡丹の芽
・子供がねつしんに見てゐる機械がよう廻る
・あたたかさ野山にみち笹鳴うつる
・まつたく春風のまんなか
・身のまはりは草もそのまま咲いてゐる
・鳥かげのいりまじり草の青さも
・ちぎられた草の芽の霜
・干しものすぐ干せた木の芽草の芽
・音は朝から木の実をたべにきた鳥か
   澄太さんに
 わかれてからの韮の新芽のこんなに伸びた
   敬治君に二句
 けふはあんたがくるといふ菜の花を活けて
 花菜活けてあんたを待つなんとうららかな
   追加二句
・明けはなれて木の実うまからうつぐみの声
・いちにちだまつて小鳥の声のもろもろ
[#ここで字下げ終わり]
△念ずれば酒も仏なり、仏も酒なり。
樽見て酔ふ境地はうらやまし。
権兵衛が飲めば田伍作が酔ふやうになりたし。

 四月二日[#「四月二日」に二重傍線]

けさも早かつた、そして寒かつた、うらゝかな春日。
敬坊は脱線したらしい、何となく気にかゝつてゐた、そこへさうらうとして彼がやつてきた、うれしいやうな、かなしいやうな、そしてさみしいやうな気持だつた。
樹明君もやつてきた、三人で山へのぼつた、よかつた。
暮れてから、敬坊といつしよに湯屋へ、それからKへ、私だけ戻つた。
[#ここから2字下げ]
   敬君に
・菜の花を水仙に活けかへて待つ
   敬坊をうたふ二句
 費ひはたして日向ぼこしてゐる
 酔ひしれた眼にもてふてふ
・伸びはうだいの南天の実の食べられてゐる
 藪で赤いのは椿
・かすかに山が見える春の山
・寝ころべば昼月もある空
 山のあなたは海といふほのかふくれてゐる
・花がひらいてゐて机の塵(酔後)
[#ここで字下げ終わり]

 四月三日[#「四月三日」に二重傍線]

くもり、花ぐもり、宿酔の気がある。
敬坊をKから連れて戻る、ちいちやんを借りて来る。
山のぼり会は雨となつたので、たゞの飲み会となつてしまつた、樹、敬、山、そしてちいちやんを加へて四重奏、其中庵はまさに春らんまんだつた。
それからがいけなかつた、いつしよに街へ出たのがいけなかつた、私だけは早く帰つたが、残つた二人はムチヤクチヤだつたといふ。
夜おそく敬治君が戻つてきた、さらにおそくなつて樹明君がやつてきた、ぼろ/\どろ/\だ、いつしよに寝る、私だけは早く起きてそこらを片附ける、さば/\した。
今後は酔後断じて、敬治君や樹明君といつしよに街へ出ないことを決心する、そして私一人に関する限りに於て、料理屋やカフヱーや、さういふ享楽境、遊蕩場所へ立ち寄らないことを誓約する、それぐらゐの覚悟を持つてゐなければ、とうてい真実の生活は出来ない、随つて真実の句も生れない。
不思善、不思悪、清濁併せ飲む境地へはまだ/\遠い、私はさしあたり私独りだけでも澄みきりたい。

 四月四日[#「四月四日」に二重傍線]

雨、回光返照の雨。
樹明君は学校へ、敬治君は自宅へ、私は其中庵主として。――
閑寂のよろこび[#「閑寂のよろこび」に傍点]、自分の長短がはつきり解る。
何年ぶりかで牛乳を飲む(樹明君が敬治君のために持参)。
敬治君の顔は悲しかつた、樹明君の顔は痛ましかつた、私の顔は淋しかつたらう!
[#ここから2字下げ]
・濁つた水で木かげ人かげ
・白木蓮があざやかな夕空
[#ここで字下げ終わり]

 四月五日[#「四月五日」に二重傍線]

曇、そして晴。
やうやくにしていよ/\自己革命の時節[#「自己革命の時節」に傍点]が到来した。
九時半の汽車で来庵の大前誠二さんを駅で迎へる、お土産として灘の生一本、茹章魚、干鰈。
灘の生一本は何ともいへない醇酒だつた、さつそく一本頂戴した、酔心地のこまやかさ。
ちよつと街へ出て、お酌をしてくれる酒二三杯。
夜は樹明、冬村の二君来庵、四人でおもしろく飲んで話した。
道をおなじうするもののよろこび。
[#ここから3字下げ]
椿の花、お燗ができました
酒がどつさりある椿の花
[#ここで字下げ終わり]

 四月六日[#「四月六日」に二重傍線]

ごろ寝から覚めて、あれやこれやと忙しい(私の貧しい寝床は大前さんに提供したから)、冬村君が手伝つてくれる、樹明君もやつてくる。
其中庵の春、山頭火の春。
九時すぎ別れる、がつかりしてさみしかつた。
敬坊の手紙はかなしい。
夕方、樹明再来、つゝましく、といふよりも涙ぐましく対酌。
[#ここから2字下げ]
・昼月へちぎれ雲
 裏口からげんげたんぽぽすみれ草
・芽ぶく梢のうごいてゐる
・みんなかへつてしまつて春の展望
・このさみしさは蘭の花
・水をくむ影する水を
 酔ひたい酒で、酔へない私で、落椿
・やりきれない草の芽ぶいてゐる
・出てあるいてもぺんぺん草
・昼月のあるだけ
・自分の手で春空の屋根を葺く
・水音
前へ 次へ
全12ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
種田 山頭火 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング