、寝ころぶ
・石ころに日はさせども
・死をまへにして濁つた水の
・ひとりがよろしい雑草の花
春の夜のひとりで踊る
身にせまりやたらに芽ぶいてきた
なんぼでも虫がゐる夜のふかくして
・月と雲と、水をくむわたくし
摘んできて名は知らぬ花をみほとけに
[#ここで字下げ終わり]
四月七日[#「四月七日」に二重傍線]
花ぐもり、雨となつた。
今朝はさすがの私も飲みたくない、飲めない、飲みすぎ食べすぎのたたりで気分がすぐれない、午前中は山野を逍遙した。
酒には溺れるべし、それ以上を求めるのは間違なり。
まづ、其中庵は其中庵臭を去れ、山頭火は山頭火臭を捨てろ、耽溺趣味、陶酔気分を解消せよ。
△宗教は阿片にあらず、現代の宗教は現代の人々を麻痺せしめるだけの魅力を持つてゐない。
ぐつすりと春のねむり。
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・笹鳴くや墓場へみちびくみちの
・がらくたを捨てるところ椿の落ちるところ
・咲くより剪られて香のたかい花
・酔ふたが雨の音
・忘れられて空へ木の実のゆれてゐる
・出て見れば雑草の雨
[#ここで字下げ終わり]
四月八日[#「四月八日」に二重傍線]
雨、花まつりの日。
句集半切代入手、払うて買うて、すぐまた無一文。
酔へばいら/\する、酔はなければぢつとしてゐられない、といつて!
△酒のために苦楽のどん底をきはめることができたのである、尊い悪魔[#「尊い悪魔」に傍点]であつたよ、酒は!
今日の身心は雨と酒とでぐつしよりだつた、だがあまり悔いるほどではなかつた、悔いたところで詮もないけれど。
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・山に霧が、さびしがらせる霧が山に
追加一句
・日向ぽかぽかと歯がへやさんが歯がへしてゐる
[#ここで字下げ終わり]
四月九日[#「四月九日」に二重傍線]
まだ降つてゐる、書入れの日曜日が台なしになつて困つた人が多からう、まことに花時風雨多しである。
寝て暮らした、寝るより外になかつたから。
暮れてから、招かれて、樹明君を宿直室に訪ねる、気がすゝまなかつたのだが、そして遠慮してゐたのだが、逢へばやつぱり嬉しい。
ふくらうのさびしいうた! 百花春至為誰開!
△肉慾の奴隷[#「肉慾の奴隷」に傍点]に堕しつゝある自分を鞭つ。
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・月のはばかりへちつてきた木の葉いちまい
・なんとわるいみちのおぼろ月
・あれはうちの灯、ぬかるみをもどる
・しだれざくらがひつそりとお寺である
・釣瓶の水がこぼれるなつめの実(追加)
[#ここで字下げ終わり]
四月十日[#「四月十日」に二重傍線]
曇、やうやくにして晴、そこらから花見のぞめきがきこえる。
悪筆を揮うて送る、この悪筆が米代になるとは!
知足安分の一日[#「知足安分の一日」に傍点]。
△私の好きな着物はドテラとユカタ、浴衣に褞袍をかさねた快さ。
すべてが、よりよくなる[#「よりよくなる」に傍点]ためのものでなければならない、今日は昨日より、明日は今日よりよりよい生活[#「よりよい生活」に傍点]でなければならない、さて、よい[#「よい」に傍点]とは何か、よりよい生活[#「よりよい生活」に傍点]とは何か。――
△木を見て林を見ない人間[#「木を見て林を見ない人間」に傍点]! さういふ人間であつてはならない。
よく読み、よく考へた一夜だつた。
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・やたらに咲いててふてふにてふてふ
便所の窓まで芽ぶいたか
・雑草にうづもれてひとつやのひとり
・雑草ばかりで花見の唄のきこえるところ
・花のよな木の芽ゆれつつ暮れる家
春の夜を落ちたる音の虫
・気ままに伸んで香のたかい花つけて
・あれは木蓮の白いゆふざれがきた(改作)
かめば少年の日のなつめの実よ(追加)
遠く花見のさわぎを聞いてゐる
[#ここで字下げ終わり]
四月十一日[#「四月十一日」に二重傍線]
日本晴、春や春、春の春。
うらゝかな空腹[#「うらゝかな空腹」に傍点]だ(いやな行乞はやめとかう)。
天地荘厳、摂取不捨。
今日は絶食的断食[#「絶食的断食」に傍点]である、絶食は他力的、断食は自力的、具体的に説明すれば、米がなくなつた、それもよからう、米なしデーにしてをく、である。
溜池の杭の上に甲羅を干してゐる亀を見た。
公園へ花見連中が繰り込むのを見ても何とも感じないが、山あがり(田舎人のピクニツク)へ行く一家族を見ると、何となく心を動かされる、そして、私の生活のムリ[#「ムリ」に傍点]、といふよりもウソ[#「ウソ」に傍点]を解消しなければならない、と思ふ。
△しづかなよろこび[#「しづかなよろこび」に傍点]――空の、山の、草木の、土の、――流れる水にも、囀づる小鳥にも、吹き去る風にも。――
△近頃どうも心持がきたなくなつたことを感じる、あさましい事
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